第一話 平和と、布団と、朝ごはん!
――世界は救われた。
勇者が魔王を倒し、長きに渡る戦乱はようやく終わった。
人々は歓喜し、王は民衆の前で剣を掲げ「これよりこの世は泰平なり!」と宣言した。
めでたしめでたし―――――――。
なんて。そんな話は俺たちには関係ない。
「俺」は伝説の勇者だった。
そしてこいつは、魔王だった。
え、今?いまはおめでたく無職と、元・厄災。
平和な世界では用済みになった俺と居場所を無くしたこいつはなんの因果か山奥の廃村で朽ちかけた小屋を修復して一緒に住んでいる。
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「………おい、レオ。起きろ。飯が冷める。」
雨戸をあけ放った窓から朝の陽ざしが差し込んでいる部屋の中で、一見すれば伝説の勇者らしからぬ小柄な男が布団にくるまっていた。
豪華なベッドでもなく、上質な畳でもない、何とも言えない草のにおいがする干し草のマットらしきものと、以前使っていたものとは比べられないほど質の悪い綿布団。
「……あと5分…」
「もう三回待った。15分経ってる。スープが冷めきるぞ。」
「それは……いやだなぁ。」
ぼさぼさの髪をかきながら起き上がったレオの前には、無表情な美形が腕を組んで立っていた。
銀白の長い髪に赤い瞳。感情を抑えた顔立ちと規律を纏った物腰。
かつては〝魔王”と呼ばれたリュシエルだ。
「今日はパンとスープ。それと林檎のコンポート。お前の分はまだある。」
「おーうまそう。…ってかほんと何でも作れるな。魔王なんかやるより主婦向いてるわ。」
「貴様が家事能力ゼロなだけだ。」
「ひどっ」
そんな軽口を言い合いながら布団を出れば、二人暮らしには広すぎる食卓に近所の幼子たちが上手に朝ごはんを食べている最中だった。
「あ、ゆーちゃ、おはよ!」
「あよ!」
「おあよー!」
「おねぼーちゃんね。」
それよりも小さい子はサークルの中でコロンコロンと自由に遊んだり寝ていたりだ。
もうすこし大きい、人間でいえば5・6歳の子なんかはあと片付けをしている。…あ、洗いものを誰がするかでじゃんけんしてら。
「みんなおはよー!あぁ~朝から賑やかでいいね~」
ちびっこたちの間に座って食べる朝食はいつもながら文句なしに美味い。
今朝焼き立てのパンに、野菜の旨味たっぷりのスープ。生で食べると酸っぱい野生の林檎もコンポートになると甘酸っぱい。というかリュシエルが作るとなんでも美味しいんだからスゴイ。
この生活ももう二年目になる。
最初は二人だけで身を寄せ合い警戒だらけだったけど、今はまあ、それなりに落ち着いて、かつてリュシエルが戦火に巻き込まれないようにと逃がした力の弱い魔族や亜人がうわさを聞きつけて集まってきて村になり始めてきているところだ。
本当に何も無いところから始めたから、出来るやつが、出来ることを、やる。それだけで成り立ってる。
だからこそ、いつぞやは魔王だったリュシエルは炊事をしたり子守をしたりしている。
「なぁ…、なんでお前って料理もできるんだ?」
「生きるためだ。」
「それ、なんか深いようで、…浅くね?元は魔王様だったのに。」
「どうせ食うなら美味い方がいいだろう。」
「そりゃたしかに。」
そんな他愛もない会話が、いまは心地いい。
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少し沈黙が流れて、ふとリュシエルが言った。
「お前はどうして私を殺さなかった。」
「………またそれ?」
レオはスープをかき混ぜながら、ちょっとだけ考えるそぶりを見せた。
「正直、なんでかはわかんない、かな。でも…なんか、あの時のお前さ、すごく寂しそうだった。」
「…………。」
「「魔王とか、悪とかじゃなくて〝一人で戦ってる人”って感じがしてさ。なんか…剣、振り下ろせなかった。」
同情では無かった。
憐れみでもなかった。
ただ――――なんとも形容しがたい何かを感じて、俺はこいつを殺せなかったのだ。
「多分、俺とお前はさ、似てるんだ。同じじゃないけど、似てる。」
「まぁ…もしかしたら、そうかもしれない。」
「だろ?」
「だが、その結果の後の最初が布団の取り合い、パンの奪い合いだったのは解せんな。」
「ははっ、いつかの戦いに比べりゃ平和じゃん。」
静かな時間だとおもう。
窓の外では鳥が囀っていて、その軽やかな歌声が、ひどく遠くて、けれども穏やかだった。
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