第4話 悪喰姫と不老不死
私の育ったマール王国の謁見の間と比べても、帝国の謁見の間は格段に広かった。 玉座は威厳に満ち、床に敷かれた深紅のカーペットはふかふかで、頭上にはきらびやかなシャンデリアが輝いている。
そんな豪奢な空間にいるのは、私とエルマ、皇帝陛下、そしてルシオ皇子の四人だけだった。
その状態に少し居心地の悪さを感じて何気なく少し後ろに控えるエルマを伺うとエルマと目が合った……するとモゴモゴと動いていた口がピタッと止まり、目が泳いでいる──何か食ってた?……えっこの状況で!?
目の前にはルシオ皇子が不老不死の呪いも食べて解いて欲しいと頭を下げている。 私はエルマの事とは別に気になる事が2つあった。
「すみませんルシオ殿下、その前に確認したい事があるのですが……」
「何か気になる事でも?」
ルシオ殿下の代わりに皇帝陛下が返事をしてくれる。
「ええ、ルシオ殿下に呪いをかけた犯人はすでに捕らえているのですか?」
「呪いというのはその性質上、何の代償も無く行使できるものではないのだ。 特に人を死に追いやるような強力な呪いなら尚更だ」
皇帝陛下は静かに続ける。
「実際に人が死ぬような呪いを使った呪術師は同じように苦しみ死んだそうだ。 人を呪えばその反動が返ってくる。 ルシオに呪いをかけた術者達は既に死んでいるだろう」
確かに何の代償も無く人を呪い殺せるなら世界中で多くの人が死に、人々は呪いに怯えて暮らす事になる。 この世は呪い合いで滅んでしまうだろう。
「ならば、その術者に命令を下した者は?」
「……それは、まだ捕らえていない。 なかなか指示した者まで辿れなくてな。 しかし、ルシオが生きていると邪魔、もしくは死ぬと得をする人物ならばそれなりに限られている。 ソイツの思い通りに行かせない為にルシオの意識が無くなり異形に成り果てても王位の継承権を残しておいたのだ。 もし、ルシオが呪いから回復したと知られたらまた何かしらの行動を起こしてくるだろう」
ルシオ殿下は何度も死に至るような強力な呪いをかけられている。 という事は最低でもその数だけの術者が居て、そして死んでいるって事だ。 ならばそうさせた黒幕がいるはずだ。
「であれば、不老不死は今はまだ無くさない方が良いと思います。 呪いならばまたかけられても私が食べれますが、死んでしまっては助けられませんから」
「ああ、たしかにそうだな。 次期皇帝であるルシオにはまだまだ敵が多い。 そいつらを炙り出すまでは不老不死はあった方が良いだろう」
「……わかりました。 本当なら死にもしない、年も取らないような化け物ではなく、ちゃんと人として伝えたかったのだが……」
私と陛下が不老不死の解呪はしない方向でまとまると、ルシオ殿下は了承を口にして、ふと口を噤む。 何かを決意したように、深く息を吸い込んだ。
「シェリム王女、朧げながらも貴女に呪いを解いてもらった時の事を覚えている、あの永遠に続くような苦しみから解き放ってくれた事、心より感謝している」
殿下の顔が赤くなっていく……
「だから、その……俺と、け……結婚してくれないだろうか?」
──ほぅ!? こんな美少年が顔を真っ赤にさせてプロポーズして来るなんて! うふふアルテラよ、帝国行きは私に対する嫌がらせだったのだろうけど神は私に微笑んだみたいよ。
「くくく、よく言ったルシオよ。 元々シェリム王女はお前とのお見合いの為に参ったのだ。 俺もシェリム王女なら大賛成だぞ!」
皇帝陛下のお墨付きももらい、あとはルシオ殿下を狙った黒幕を捕まえて不老不死を解けば結婚してアルトエンド帝国の皇后になれる。 めでたしめでたしって訳ね。
「ありがとうございます。 勿論です。 喜んでお受けいたしますわ」
「ヨシ! ルシオの呪いは解けるし美しい婚約者まで出来て素晴らしい日だな! マールの国王にも素敵な王女を送り出してくれたお礼をしなければな。 婚姻に関しても話をしなければ」
「あー…………それについてなんですが。 もう暫く国には黙っていて頂けませんでしょうか?」
「ん? どうしてだ? シェリム王女が望むなら構わないが」
「あはは……ありがとうございます。 そうですね……ちょっと父王や異母妹を驚かせてみたいので」
せっかくだから父とアルテラにはたっぷりと驚いてもらわないとね。
「ふむ。 ならばマールに伝えるのは其方に任せるがルシオの復活と婚約者が出来た事は発表させてもらうぞ」
「勿論ですわ。 それと……もう一つ、確認したいのですが……」
これは私がルシオ殿下の呪いを吸い出していた時に感じた違和感だ……
「……不老不死は本当に呪いなのでしょうか?」
その瞬間、謁見の間が静寂に包まれる。
ルシオ殿下は驚いたように目を見開き、陛下の表情が一瞬だけ硬くなる。
「……どういう事だ?」
ルシオ殿下が不思議そうに眉を顰める。 だが陛下の方は何か知っているようだ。 やっぱり……陛下は今まで一度も不老不死を【呪い】とは言っていなかった。
「これは、呪いを食べた時の私の感覚なんですけれど……他の呪いと違って不老不死からは嫌な感じがしなかった……むしろ暖かさや慈しみみたいな優しさを感じたのです。 なので食べずにおいたのですが……」
「優しさだって? この呪いのせいで俺は死ぬに死ねず、身を引き裂くような痛みに耐え続けねばならなかったのだ! シェリム王女が来てくれなければあの地獄が続いていたと考えると……」
ルシオ殿下が取り乱し、呪いの恐怖を思い出したのか自分で震える身体を抱きしめている。
「……陛下、殿下に不老不死の術をかけたのはもしかして皇后様ですか?」
私はルシオ殿下の呪いを食べた時の違和感と呪いが解けたにも関わらず一度も姿を見ていない皇后様に関連があると、直感でそう思った。
「そうだ……ルシオの母であるルメディアは南部の希少部族の出身でな。 とても美しい女性だったが、それ以上に謎の多い女でな。 占星術や法術、仙術など様々な術を知っていたのだ。 ルメディアはルシオに永劫辛苦の呪いがかけられた後、すぐに部族の秘術であるという不老不死の術をルシオにかけたのだ」
「母上が!? なんでそんな事を……」
「勿論、お前を生かすためだ。 自分の命をかけてでも……」
「母上が亡くなったのはもしかして……」
「……先程も言ったが、強力な術にはそれ相応の代償が付きものだ。 不老不死などという人智を超えた術は術者の命だけではなく、ルメディアの持っていた奇蹟の秘宝によりようやく成し遂げられたものだ」
「そんな……」
「ルメディアは必ずルシオの呪いは解かれ愛する者と添い遂げる日が来るとと信じていたのだ。 苦しかったと思うがルメディアを恨まないで欲しい」
ポリポリポリ……
泣き崩れるルシオ殿下を陛下が支えている…………とても感動的な場面だ。
ポリポリポリポリポリポリポリカリッ……
後ろで何か食ってるアホさえいなければ…………