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城下町の魔女《改稿版》  作者: 猫柳
魔女の帰還
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02

 魔女。一部の女性をそう呼称する時、そこには敬意と畏怖、それから隠しきれない古臭さが混じる。

 一般的には薬物の知識に長け、それに加えて超自然的な存在ーーたとえば妖精や魔法などーーの扱いに詳しい者達を指し示す単語だが、魔法やら妖精やらを信じるのは幼い子供達か迷信深い老人だけ、そう言われる時代になってきてしまった。

 しかしティエルを育ててくれた祖母は前時代では非常に名の知れた魔女で、彼女に育てられた自分もまた魔女だとティエルは信じている。

 

 早朝、まだ人々が起き出す前から城下町を抜け出し、近くの林を巡るのがティエルの日課だ。日の出前にしか得られない朝露や新芽を持ち帰るためである。

「やっぱり人気の多い街はダメね、大した薬草も生えちゃいないわ。庭も大分荒れてるし、薬草園として使うにはもうちょっと手入れしないと……」

 やはり帰宅してから一日二日で店を開けるのは難しいかもしれない、と頭を抱えながら帰路についたティエルは、ふと家の前に人影があることに気づいた。

 店を出したことを示すために夜明け前に吊るした「魔女と薬の店」という看板を、一人の子供が見上げていたのだ。まだ10かそこらの、薄汚れたぼろ布を纏った少女だった。

「私の店に何か用かしら」

 声をかけると、少女はばっと振り返る。

「ここ、薬売ってるの?」

「書いてあるとおりね」

「薬、高い?」

「安くはないわよ。薬なんてどこもそんなものでしょう」

 きゅっと少女の表情が引き絞られる。しかし仕方ない、薬は元来希少な材料を有識者が調合して作るものだ。技術料も含め、効果が高ければ高いほど値段も釣り上がる。

「お、弟が昨日から熱出してるの。薬、欲しいけど、どこもこれじゃ足りないって……」

 そう言って少女が差し出した手に握られていたのは、小銅貨が3枚。これではパン一欠片も買えないだろう。

「悪いけれど、うちの薬も最低銀貨からよ。その値段で買える薬はおそらくこの町には無いでしょうね」

「でもっ!」

 なお食い下がる少女の横をすり抜け、家の扉を潜る。しかし少女は意外にも諦めが悪く、そのまま店の中までついてきた。

「本当にひどい熱なの!このままじゃ死んじゃう!」

「なら正規の値段で薬を買うことね。あなた孤児でしょう、孤児院の施設長にでも頼んだら?」

 突き放しながら、それも難しいだろうなとティエルは思った。王都は栄えているものの当然貧民層というのは存在しており、こと親のいない孤児達は最低賃金で使い捨てられる。最低限の食事と寝床を提供する孤児院も存在するが、貴族のお恵みだけで生計を立てている孤児院が子供に金をかけることは基本ない。薬を買い与えるようなことはしてくれないだろう。

 祖母ならどうするだろうか。一瞬だけそう考えて、その考え自体を振り払うように頭を振る。そもそも、一時の温情など今後に差し障るだけだ。

「お願いします、お願いします!本当に困ってるんです、だからーー」

「西門の裏、古井戸の周辺」

 振り向きもせずかけられた声に、少女は一瞬きょとんと目を見開く。

「古井戸の周辺、あそこジメジメしてて色々生えてるの。そこの青い花の草摘んできなさい。どうせ薬草名言っても分からないでしょうから全部よ、全部目についた青い花摘んできなさい。根っこまであると尚良いわ」

「薬、売ってくれるんですか!?」

「持ってきた草の量によっては考えてあげるわ。そこでぐちゃぐちゃ騒いでる暇があるならそれぐらいできるでしょ、さっさと行ってきなさい」

「っ、はい!」

 勢いよく飛び出していく少女の足音を背中で聞き、小さく息を吐いていると、部屋の奥から押し殺した笑い声が響いた。

「ちょっと、盗み聞き?」

「丁度出かけるところだったんだ。そこで必死な声が聞こえたから気になって来てみたら……素直じゃないなお前は」

 奥から出てきたのはギルだった。詰襟の制服をきっちりと着込んだ姿は貴族然としていて、こんな薄汚れた下町には不釣り合いだ。実際今は騎士団の花形、近衛士として働いているのだから不釣り合いこの上ない。騎士団の人間は大概が貴族の子弟なのだから。

「いい加減出ないと遅刻するわよ。ほら、出てった出てった」

「分かった分かった。行ってくる」

 騎士様の背中を蹴り出してから、キッチン周りの作業台を片付けて収集してきた草を洗う。種類ごとに分類して、乾燥させるものは麻紐で束ねて天井から吊るし、長持ちしないものは早々に乳鉢に放り込んで擦り潰し、ペースト状になったものを瓶に保存する。分類、ラベリング、古い薬草の状態確認。整理を繰り返しているうちにあっという間に時間は過ぎ、戸を叩く音に意識を引き戻した時には既に日差しの厳しい昼過ぎになっていた。

「はい、どうぞ。開いてるわ」

「あ、お姉ちゃん、薬草摘んできた!」

 入ってきたのは、朝顔を合わせた少女だった。小さな腕で抱えられるだけの草の塊をいっぱいいっぱいの顔で運んでくる。

「あら、結構取れたわね。そしたら台所まで運んでくれる?洗いながら仕分けるから」

「うん、でもこれで本当に薬作れるの?どこにでも生えてる草ばっかりだよ?」

 騙されているのではないか、そんな不安げな顔をする少女に、ティエルはニタリと不気味な笑みを浮かべた。

「そこらの薬師と一緒にしないで、私は魔女よ?」

 ヒッ、と息を呑む音を背にして、ティエルは薬草を端から手早く泥を落として仕分けていく。今回摘んできてもらった薬草はどれも身近にある草ばかりだ。だからといって、希少な薬草に負けるわけではない。

「材料は十分ね。残りの草も役に立つものが多いわ、これは私が買い取りましょう。薬代から材料費と今回の薬草の買取料を差し引いて、丁度残り小銅貨一枚ってところね」

「……本当に効くの?」

「さぁ?」

 ここに来て不安が勝り始めた少女を無視して、ティエルは目当ての薬草の根だけを切り取り、包丁で細かく刻んでいく。本来であれば天日干しをして水分を飛ばしてから使うのだが、今回は別の手段を使う。

「レグ、仕事よ」

 ナイフで自分の髪を一房切り落とし、それを竈の炎に投げ入れる。瞬間、炎は爆発的に膨れ上がり、天井まで届く火柱へと変化した。

 耳をつんざく悲鳴を上げながら、少女はティエルの後ろに隠れた。しかしティエルは瞬き一つせずに、まな板の上の刻んだ薬草を指さす。

「乾かして」

『仕方ナイナァ』

 皺枯れた、けれどひょうきんな声が響くと共に、炎が舐めるようにまな板の上を走る。再び炎が竈の中へと落ち着いた頃には、カラカラに干からびた薬草の根だけがまな板の上に残っていた。

 指でつまむと、ただ熱しただけとは違う、薬草の中から滲み出るようなじんわりとしたぬくもりがある。それを乳鉢で細かくすり潰し、薄い薬包紙に包んで少女に渡す。

「はい。それを飲ませて、一晩暖かくして寝かせること。一晩はどれだけ暑がっても体を冷やさないように。あと、汗をかくから水をこまめに飲ませて」

 少女は震える手で薬を受け取ると、逃げるように店を飛び出していった。あとに残されたティエルは、ぽりぽりと頬を掻く。竈の炎も呆れたように笑っていた。

『てぃえる、虐メッ子ダナァ。怯エテタゼ、アノ子』

「私は何もしてないわよ。むしろあの値段で薬を用意してあげたんだから感謝されるべきじゃない?」

 仕方ない。ティエルが後片付けを始めようとしたところで、荒々しく扉が叩かれる。扉を開けて、ティエルはうんざりした顔で天を仰ぐ。

「おい!ここから悲鳴が聞こえたと通報があった!何をしている!」

 最悪だ。衛兵まで来てしまった。


 

「いや、だから大げさなのよ。子供が勝手に火に驚いて悲鳴上げてっただけ」

「本当だろうな。子供を攫って暴行を働こうとしたんじゃないのか?先ほど青白い顔をした子供が飛び出していくのを見たぞ」

「ならその子から事情訊いときなさいよ。嘘なんか一つもついちゃいないわ」

 駆け付けた衛兵は年若く生真面目そうな女衛兵だった。元々ティエルが店を構えるエリアは城下町でもやや治安の良くない場所であり、軽犯罪などは珍しくない。そのためこの真面目な衛兵も特に気合を入れて見回りをしているらしかった。

「そもそもここらに薬屋などあったか?初めて見たぞ」

「今日から再開したばかりだからね」

「再開?開業届は出しているんだろうな。3年毎に更新が必要だぞ」

「何それ」

 おい、と呆れた顔で女衛兵がカウンターを指で叩く。

「新しく店を出すなら商工会経由で開業届を出せ。それが無い店は商工会に睨まれる、商売の基本だぞ。店分けする前に教わらなかったのか」

「私商工会嫌いなのよ。というか商人も嫌い。金のことばっかり考えてるところが嫌い」

「おまえ……正気か?それでよく商売しようだなんて思ったな」

「私は商売がしたくて店出してるんじゃないの。薬が作りたくて店出してんのよ」

 ティエルは無い胸を張って答えた。女衛兵の視線は冬の北風よりも冷たかった。

「まぁいいが、とりあえず開業届は出しておけ。今回は見逃すがいつまでも出さないようなら罰金沙汰だぞ」

「はぁい」

 ひらひらと手を振って対応すると、ついでとばかりに「そういえば、傷薬は売ってないか」と薬棚を見る。

「あるわよ。どういう傷?」

「さっき暴漢と殴り合いになったときにナイフで少し切られてな。応急処置はしたんだが薬を切らしてたんだ」

「そりゃお仕事ご苦労様。深さにもよるけど、切り傷ならこれね」

 軟膏の入った小瓶を渡すと、中身を確かめた衛兵は満足そうに銀貨を置く。

「それじゃ、邪魔したな。まっとうな商売をしろよ薬売り」

「魔女って呼んで頂戴。怪我に気をつけてね」

 衛兵を見送りに戸口まで出ると、既に少し日が傾き始めていた。しつこく問答されたせいで思ったよりも時間が経過していたようだ。大きく伸びを一つ、店の中に引っ込んで再び薬草の整理をする。軟膏用の脂の在庫の確認、カビた薬草の処分。在庫切れの目録の作成。薬草園の雑草除去に剪定。やることは無限にわいてくる。

『魔女に生まれたことを誇りに思いな、ティエル。いずれちゃんと、あんたが生まれた意味を理解する日が来る』

 かつて祖母に教わった通りに、一言一句祖母の言葉を嚙み締めながら、やるべきことをこなす。

 彼女の名はティエル。魔女としての務めを果たす為、ここに帰ってきたのだから。

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