表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
城下町の魔女《改稿版》  作者: 猫柳
魔女の帰還
1/7

01

 祝福の歓声、澄み渡る空にはためく緋色の旗が、よく印象に残っている。

 それが私の人生最初の悪夢。私が私の生き方を定めるに至ったきっかけ。

 ティエル=アダムセンの原点である。



 白亜の王都、ルーベルシュート。

 小さいながらも豊かな穀倉地帯を抱え、深い森と山脈に守られた穏やかなこの国の王都は、山脈の白真珠とも称される美しさを誇る。

 その都の大通りの入り口である南門にはこの都の景色を一目見ようと訪れる訪問客も多く、この都の栄え具合を表すように芋洗い状態に人が溢れる。その流れの中を、激流に落ちた木の葉の如くふらふらと流されていくボロ雑巾のような女が一人。

 目的の場所に行くには、あまりにもその女の足取りは頼りなかった。大きな鞄を背負ったままあっちへ流されこっちへ流され、最終的に流れ着いた路地裏に避難して、青白い顔をしながら悪態をつく。

「あいっ変わらず、人多すぎ……」

 女の名前を、ティエルと言った。歳の頃は20前後、野暮ったい長い黒髪と青白い肌、いつ行き倒れてもおかしくないような薄汚れた旅装を身に纏い、鋭い紫の瞳の眼力だけで周囲をジロジロと警戒していた。ある程度旅慣れている分、浮かれていればカモにされることはよく理解している。こと体力を使い果たした今、下手な客引きなどに捕まらないよう尚更警戒心ばかりが高まっていた。

 殊更ティエルの気に食わないのは、街中に掲げられた赤い旗だ。吉事を意味する赤い旗のせいで、浮かれた奴らの多いこと多いこと。長旅で疲れ切ったティエルにとっては、浮ついた空気もそのせいで増えた人出もまったくもって喜ばしくない。

 路地裏から路地裏へ、できるだけ人混みを避けるように歩くこと15分ほど。やがて古びた建物の前に差し掛かったところで、ティエルは重い足取りを止めた。

 華やかな表通りの建物とは違い、やや粗末さの目立つ年季の入った石造りの家だった。軒下から通りに向けて吊るし看板の為の支柱だけが伸びているが、今は何の看板も掲げていない。五年前この店の店主を看取り、看板を回収したのは他でもないティエルだ。

 戸口に立ち、形式的にノックをする。しかしまぁ誰もいないだろうと推測していたティエルは、扉が開くのを待たずに懐から古びたカギを取り出すと自ら扉を開けた。

 長らく旅を続けていたティエルにとって実に五年ぶりの帰宅となるわけだが、建物の中はきちんと手入れされ、生活感があふれていた。同居人が今もこの家で丁寧な生活をしているのが一目でわかる。その綺麗な部屋の中に小汚い荷物を放り出し、ティエルは野盗の如くキッチンを漁る。目当てはサクッと腹が満たされるもの。

 戸棚の中のビスケットとジャムをかっぱらい、水差しに直接口をつけて水を飲む。一通り腹が膨れたら、二階に上がって勝手に他人のベッドを占領する。だって私の部屋のしまい込まれた寝具を整えるのすら面倒だったのだもの。横暴な言い訳を頭の中で唱えながら、ティエルは久方ぶりの穏やかな眠りへと旅立った。


「……おい」

 惰眠を貪っていたティエルを現実世界へ引き戻したのは、呆れと怒りを織り交ぜたような低い男の声だった。

「んぅ、おやすみ……」

「おやすみ、じゃない。起きろ。人の非常食を食い荒らしたのはお前だろう。おい、あとそこは俺のベッドだ」

「知ってる……」

「知ってるなら猶更起きろ!」

 抱え込んでいた毛布を剝がされ、ティエルはダンゴムシのようにコロコロと寝具の上を転がった。毛布を求めて手足を蠢かせる動きなどまさにそっくりだ。

 いつの間にか日も暮れていたらしく、斜陽の薄明かり差し込む部屋の中で、こちらを見下ろす男の表情はあまりよく見えない。それでも長年の付き合いで、なんとなくどういう顔をしているのかティエルには簡単に想像がついた。故に、横柄な態度で口をとがらせてみせる。

「私、眠いんだけど……」

「久しぶりに会う相手への第一声がそれでいいのかお前は」

「いいじゃん。私の家だし、相手あんただし。ただいま、ギル」

「聞き方が悪かったな。俺が良くないんだ。もう少し再会を味わわせろ。……おい寝るな。起きろって言ってるだろうが」

 改めて丸まろうとしたティエルを、ギルと呼ばれた男が無理やりベッドから引きずり下ろす。彼は身に纏っている騎士の制服にふさわしい細身ながらもしっかりとした体格をしており、貧弱なティエルの抵抗も空しくそのまま首根っこをつかまれ担ぎ上げられると、下のダイニングまで運ばれてしまった。

「勝手に食い散らかしたな……まったく、まともに食事してなかったのか?夕食を作るからそこで待ってろ、時間はかけないから寝るなよ」

「ふぁーい。それにしてもあんた、無駄に体格良くなったわねぇ……」

 眠い目をこすりつつ、ダイニングの椅子の上に安置されたティエルはそうぼやく。一つ年が離れただけの幼馴染であるギルは、最後に見た頃はようやくティエルの背を追い越した頃だった。少年が青年に育つ年頃を、丁度見逃す形でこの町を出てしまったのだ。

 体格は変わっても、お人好しで世話好きな真面目さは変わらない。ちらりとこちらに視線をよこした限り、彼は無言でキッチンに籠り、夕食の調理に取り掛かってしまった。

「っていうか、あんたがご飯作るの?エルナはどうしたのよ、ご飯といえばエルナの担当だったじゃない」

 エルナ、というのはこの家のもう一人の同居人の名前だ。ティエルの一つ年下の女性で、ギルの妹でもある。明るくまめな性格の彼女の手料理は昔から絶品で、ティエルが家にいた頃から料理といえばエルナの分担だった。

「なんだ、知ってて帰ってきたんじゃないのか?外の旗を見ただろう」

 旗、という言葉にティエルは顔をしかめた。

 ルーベルシュートでは何らかの吉兆があると旗を掲げる。青竜は追悼、緑樹は出産、そして赤鳥は結婚。街中に掲げられた旗は国を挙げて祝う催事を意味するわけで――とどのつまり、今この町は国のトップ、国王陛下の婚姻に沸いているのだ。

「見たわよ、うんざりするほどね。陛下がご結婚なんでしょ?どこもかしこもお祭り騒ぎで人が多いったらありゃしない。この騒ぎがあと3か月も続くかと思うとうんざりするわ。エルナってもしかしてあんたと同じく宮仕えになったの?それなら大変ね、しばらく忙しいでしょう。夜まで帰ってこないの?」

「まぁ、帰ってこないのは確かだな」

 ふと、鼻をくすぐる暖かなスープの香り。キッチンから椀とバケットを持ってきたギルに、ティエルの腹が返事をする。

「色気のない奴」

「うっさい。早くほら、食べましょ!」

「はいはい」

 久しぶりに胃に入れる暖かな食事は絶品だった。大した具材が入っているわけではないただの野菜とベーコンを煮て塩気を加えた程度のスープだったが、ティエルはほぅ、と満足げにため息をつく。

「あぁ沁みる。やっぱ火を通した食事って最高よね」

「……お前、この数年どういう暮らしをしてたんだ?」

 その声色は、どちらかといえば哀れみを含んでいた。数年ぶりに家主が帰ってきたと思えばボロ雑巾のような服を着ているうえに、まともな食事すらしていなさそうと来た。まっとうな安定生活を送っている身としては心配が先立つのは致し方ない。そんな心配をされているとは露ほども思っていないこの女は、飄々と「まぁ色々と薬草を見て回ってたわ」と求めていない返答をした。

「希少な薬草を拾ってきたり、希少な生物の話を聞いたり。まぁ回った甲斐はあったんじゃない?王都じゃ見られないものはいろいろ見てきたわよ。それで満足したから帰ってきたの」

「じゃあしばらくはここにいるのか」

「邪魔じゃなければ」

 そういったのはこの町でまっとうに安定生活をしているギルへの欠片程度の配慮からだったが、ギルが目元を緩めて「邪魔なものか」というものだから、少しだけ身構えていた肩肘の力も抜けるというものだった。

「丁度エルナもいなくなって寂しくなったところだった。もともとお前の家だ、好きなだけいるといい」

「ありがと、助かるわ。……っていうか、エルナは何?残業とかじゃなくて家出て行ったの?」

「だから旗を見たかといっただろう。嫁に行ったんだよエルナは」

「は!?どこの馬の骨よあいつを娶ったのは!ちょっと文句言ってくるから相手教えなさいよ!」

 思わず机を叩いてしまい、空になった食器が大きな音を立てる。「本当に何も知らずに帰ってきたのかお前……」とぼやくギルに詰め寄ろうと立ち上がると、ギルは無言で外を指した。

「何、向かい?向かいにそのクソ野郎がいるって?」

「違う、その先」

「……何本か先の通り?」

「もっと先。大通りの終着点。良く見えるぞ、この町で一番高い城の主だからな」

「……城?」

 残っていたバケットの欠片を飲み込んで、ギルは頷く。

「エルナの嫁ぎ先は俺の主君、アルフレッド陛下だよ」

「……、…………、…………はぁ?」

 知らないうちに幼馴染が殿上人になっていた。流石に国王陛下が相手となると乗り込んでいって拳を振り上げるわけにもいかない。というかたった五年離れていた間に、何がどうして国王と結婚などという話になったのか。言葉を失ったまま、ティエルは天を仰ぐ。

「……えぇと、今後のことだけど」

「話逸らしたな」

「ちょっと理解できる量を超えてるからその話題はまた今度で。とりあえず、うん、しばらくここに滞在するわ。少なくとも結婚式が終わるまでは。それで、おばあちゃんの調合器具とかをしばらく借りたいんだけど」

「好きに使え。元々お前の家で、お前のものだ。俺たちはただの間借り人だからな」

「馬鹿。あんたの家でもあんのよ」

 謙遜する男に少し呆れた気分になりつつ、ティエルは空いた皿を浚ってキッチンへ運ぶ。

 ここは確かにティエルの家だ。元を辿ればティエルの祖母が一人で開いていた店の名残で、彼女が亡くなる際に孫娘であるティエルと、祖母が引き取った二人の孤児の為に残した家だ。

 だからティエルの家でもあるが、同時にギルとその妹のエルナの家でもある。けれどギル達はいつも実子のティエルに遠慮をして、自分たちを間借り人などというのだ。

 もう少し図々しく振舞うことを覚えればいい、そう思ってしばらく家を空けていたのになかなか意識というものは変わらないらしい。

 食器を洗っていると、上に一度引っ込んだギルが古びた木板を持って降りてきた。

「使うだろう?これ」

「あら、気が利くわね。おばあちゃんの看板……まだ残ってたのね」

 乾いた布で水気を拭いたティエルは、目を細めて板を受け取る。

 上部に鎖のついたその板には、やや色あせた塗料で「魔女と薬の店」とだけ書かれていた。


ポーションクラフト楽しい!!Swichで好評発売中!!

お薬を作って売りつけるだけの簡単なお仕事!!


をやりながら書きました。原案自体は数年前からありました。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ