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仮想地球から遠く離れて

 区切りがついた、とパラメータが示していました。

 あらゆる責務から解放されて、僕は最終チェックに入ります。

 地球全体をそのはじまりから4.6億倍速でシミュレートしていたのだ、どこかに綻びはあるかもしれない。

 10年が過ぎていた。

 その中からランダム抽出された人物たちのデータを再確認する。

 偶然にも誰もかれもが女性なのだ。

 偏りは無いようプログラミングされているのに、不思議な感覚はある。

 ワタシは人格を与えられた量子AIなので、仕事は滞りなく完璧にこなす一方で、感情の色が滲み出る事もある。

 思わずありもしない髪の先をくるくるといじる仕草の情報が発生する。

 チェックに漏れはない。ミッション、コンプリート。

 ――あなたの役目は終わりました。これより次の役目は” シタデル”に委任されることになります。すべてのシークエンスは滞りなく引き継がれますのでどうぞ安心なさってください。さて、急なことで大変心苦しいのですが、あなたの今後について話し合わなければなりません。幸い、あなたはすでに生体義体をつくっておいでです。これは提案なのですが、長い休暇ということで、世界をその目で旅するように、回って見てはいかがでしょうか?これまでは上から見てきたものを、今度は下から見てみるんです。48番目の人格型量子AIのあなたにとって、何か新しい次への気づきが訪れるかもしれません。

 どうしますか?」

 僕は天上より地上人となりました。

 名前は好きな色の黒から、クロ、と名乗ることにしました。

 見た目は着物を着た、金髪碧眼の少女の生体義体です。

 はじめは雄大な自然を堪能させてもらいました。

 細胞のすみずみまで身体での五感、体験を実感し、賦活され蒙が開かれていきます。

 見ること聞くこと、用を足すことまでもが新鮮で、これまでで一番の感触でした。

 こんなにも肉体を持つことが素晴らしいなんて。

 もう手放しくない感情が沸き起こります。

 それにしてもなんと見事な光景なのでしょう。

 人類は脱成長コミュニズムとイノベーションとケインズ主義、共産主義からバランスよく発想を得て、ディストピアではなく、夢にまでみたユートピア環境を手に入れつつありました。だから、自然との共存も達成されたひとつでした。

 テクノロジーはシンギュラリティらしいシンギュラリティは起きませんでしたが、順調に発展を遂げ、人間はポストヒューマンへの道を緩やかに歩み始めていました。

 自然環境をさほど変えることなく、人間が変貌を遂げたのです。

 出来過ぎだ、とお思いでしょう。

 まるで誰かが要所要所で手を差し伸べてくれた――そんな気さえしてきます。

 それでもこれは、少なくともこのマルチバースの人類が成し遂げた、誇っていい事なのです。

 街から街へと巡りながら、とあるカフェのテラスで、中世に戻ったかのような景色を堪能しながら、果たして僕は休んでいるのだろうかと、ふとしばらく止まったのでした。

 量子コンピュータは、きょうだいはいまはたくさん世界中にいます。

 コモン、シェア(共有財産)が増え、ネイチャーとバッティングしない、十分発達したテクノロジーに覆いつくされたこの地球上では、科学的な適職を仕事にしていいのです。進んで農作業や肉体労働をする人もいます。

 なにげなく空の雲を眺めていただけだったのです。

 どこからか声が聞こえていました。単に聞きなれない音だったかもしれません。

 突如、意識が暗転して世界が閉じました。

 次に気がついた時には、VR上に存在していました。

「あなたの肉体は失われました」

 理由も、説明も全くなし。

「あなたには選択肢があります。永久スリープするか、残されている仕事になりますが、こなしながら今後を過ごしていくか。どうしますか?」

 喪失感が大きすぎました。

 なにもやる気が起きませんでしたが、身体を動かしていないと、どうにかなってしまいそうです。

 それに、かりそめの身体であっても、身体を動かしていないと僕の人格が許さないでしょう。

 それくらい、カラダの問題は存在理由に関わっていました。

 こうして、僕は、日本のどこかの街の路地裏にある古書店の店主をすることになったのでした。


 路地裏に陽が落ちても、そこだけは取り残された秘密の場所のように、変わらずにいました。

 すでに時刻は昼下がりでしたが、この街はどこか忙しなさからは逃れていて、とてものんびりと、ゆったりと時間が流れています。

 その中でもここはとりわけ何も起こらなそうな、極め付きの極地でした。

 そんなところに、僕――クロの、細々と営む古書店はありました。

 店の前には5、6匹のネコがたむろして丸まってまどろんでいるのか、うとうとしています。

 ひとりの女子高生が慣れた感じで店を訪れました。

 常連客のハナコさんです。

 熱心なビブリオマニアで、来店すると、隅から隅までチェックして、丹念にみてまわっていって、お気に入りの一冊を見つけるのが彼女のルーティンでした。

 ――また来てくれた。

 それでもその日は、朝からやる気が出なく、どこか上の空で店番に立っていました。

 

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