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四季  作者: 田原 康
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序文

序文

 春夏秋冬を想うとき、浮かぶのは草木の様子で、床について枕に頭を沈めながら想いを馳せる。


 桜や梅、低木の花が咲く様子は美しくも、その丸い輪郭ゆえか、かわいらしいと愛でたい気持ちが強く、冬の静けさを持ち越しているからなのか、心に波風を立てない。しかして散る様子は一つの季節の終わりを告げるから、かわいらしいものが地に落ち、汚れにまみれて土に帰っていくのが不協和音を奏でるから、心に寂しさの波が立つ。しかしこの波も花々のように、控えめで、岩島の崖をえぐる力は無く、天女が羽衣で岩を撫でるが如くである。花の散り際、終わりを以て春を感じる。


 夏は色鮮やかな花々に、目が痛むほどの濃い緑葉、それを際立たせる陽の光は激しく、虫どもの声も相まってやかましい。夏は、春を持ち去る梅雨がのいた後から、秋雨に熱気を持ち去られるまで息を止めずに存在を訴えてくる。終わってしまえばその存在の濃さゆえに喪失感が残るが、真っ只中にいてはうっとうしい。夏の終わりが胸に立てる波は崖をえぐり、浜の砂をふところいっぱいに抱えて持ち去ろうとするが如くである。


 秋は、その存在に気づいたときには終わりが見えている。十五日もすれば冬が吹いてくるころに、やっと気づくものである。いつ去るか分かっているから、人の生きるのに都合のいい季候だから、終わるのが寂しい。この季節が長く続いてほしいと思う。花々は、どの季節にも探せば大抵の色が見つかる。緑の葉も、広い葉の樹木を見ればどの季節でも見られる。しかし赤い葉は、黄色い葉は、この色で悲壮をまとわない葉は、秋にしか見つからない。姿がなくとも香ってくる金木犀は、この季節にしかない。短く、暖かい色で世を包み、薄い上着の上から穏やかな空気が体を撫でる秋は、終わるのが惜しく、哀しい。


 冬は一番身近に思われる。冬の厳寒は肌を痛めつけるものの、はやくこの季節が終わってほしいとは思わない。楽しい記憶は夏に集中する。目に美しい記憶は秋や春だが、心を澄ますのはやはり澄んだ空気で、澄んだ記憶は冬に集まる。秋が去り、葉のない樹木と白い陽で彩度の落ちた景色には雑音が少ない。樹木と、建築物の壁と、舗装路と、すべてが白い陽に照らされることで一体になっている。正月から十日ほど過ぎた晴れの日、強い陽で久しぶりに汗ばむ瞬間だけは、うっとうしい。

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