新米おばけのトリックオアトリート
◯pixivでフリー台本として公開しているものになります。
●無断転載はおやめください。
ぼくはおばけ。
最近生まれたばかりの新米おばけ。
だからセンパイおばけについて行って、人間のおどろかせ方を勉強中なんだ。
センパイはすごいんだよ。
暗いところから勢いよく顔を出すだけで、人間はおどろいて逃げてしまう。
ぼくもそんなおばけになりたくて、まねっこしてみるんだけど、誰もおどろかないんだ。
「そんなんじゃだめだぞ」って毎日言われてばっかり。
カガミを持って練習しても全然だめ。
だってこわくないんだもん。
「もっと目をあけて、口も大きくあけて」とアドバイスしてもらっても、その顔はまるで歯医者さんに来ているみたいだし。
その様子を見た他のおばけたちから「かわいい」って言われちゃう。
ぼく、おばけ、向いてないのかな。
そんなある日、みんなの様子がなんだか変だって気づいた。
よくわかんないけど、そわそわしてる。
何かあったのかな。
「もうすぐハロウィンだからな」
センパイが教えてくれた。
「はろうぃん?」
「人間が仮装して、おばけになって、他の人間の家に行ってお菓子を貰う日さ。だからオレたちもいつもより堂々としていられるし、こっそり紛れる事もできる。うまくいけばお菓子を貰えるぞ」
「おかし、ってなに?」
「人間が持っている、甘くて小さい食べ物だ。ここでは滅多にお目にかかれない珍しい物さ」
ペロリと唇をなめながらセンパイは言った。
「食べたこと、あるの?」
たまらずぼくは聞いてみた。
「ああ、あるともさ。皆、お菓子を食べたくてうずうずしているのさ」
みんなが食べたがるおかし、ぼくも食べてみたいなぁ。
ハロウィンの夜。
他のおばけたちは次々に人間のいる所へ行ってしまった。
ぼくもセンパイについて行ったけれど、人間をおどろかすことの出来ないぼくが、おかしなんてもらえるはずない。
そんなことを思っていると、ぼくはひとり、知らない所をただよっていた。
人間のいる所は、ぼくがいつもいる所と違って、光はたくさんあって夜なのに明るいし、そこら中から色んな音がする。
こわい。
どこにいけばみんながいるの?
ぼくはひとり取り残されて、泣きそうになっていた。
そんな時「どうしたの?」と声をかけられた。
見るとそこには人間の子どもがいた。
ひ、ひとだ!
ぼくは「あ…あの……その……」と固まってしまった。
「おばけさん?」
子どもはたずねてきた。
「う…うん」
ぼくは答えた。
どうしよう、どうしよう…!
と、焦っていると
「はじめまして、おばけさん」
と、子どもはやさしく笑った。
「こ、こわく、ないの?」
ぼくは弱々しくたずねた。
「こわくないよ。だって、ほら。こうすればおそろいだね」
子どもは首の後ろにあったフードをかぶってみせた。
すると子どもは可愛いおばけに変身していた。
「わぁ。ぼくと同じだ」
その言葉にニコニコと笑って
「ねぇ。よかったら一緒にいこうよ」
と言った。
「ど、どこに?」
「今からあそこの家に、ハロウィンにいくんだ」
「は、ハロウィン?」
センパイに教えてもらったやつだ。
うまくできたらおかしをもらえる。でも…
「ぼ、ぼく、うまくできないから、いい…」
うつむきながらそう言うと、子どもはぼくの手をつかんだ。
「だいじょうぶだよ。皆といくんだから」
だからいこう。と手を引っ張りぼくを連れ出した。
いいのかな。だいじょうぶなのかな…。
ぼくは不安でいっぱいだった。
「ほら、ちょうどいくところ」
目の前には子どもたちがおばけの格好をして列を作っていた。こっちこっち、と手をひかれ最後尾に並ぶ。
「お、お前も来たんだな」
「あ!センパイ!」
そこにはセンパイがいた。ほっとしたぼくは思わず
「ぼ、ぼく、失敗したらどうしよう…」
と弱音をこぼした。
すると子どもが提案した。
「じゃあ、一緒に言おう!」
「一緒に?」
「そう。だって、おそろいのおばけ同士だもん」
ぎゅっと握ってくれた手がとてもあったかくて、うるうるしてくる。ぼくはそれをぬぐって「うん!」と返事をした。
それを見た子どもは笑って
「いい?大きな口で〝トリックオアトリート〟って言うんだよ」と教えてくれた。
ぼくは待っている間、心の中で何回も練習して、口を開けたりとじたりしていた。ドキドキと不安がおそってくるけれど、つながった手が心強かった。
そして、順番がきた。
「いい?いくよ。せーの」
「「トリックオアトリート!!」」
ばああっ!とぼくは大きな口をあけた。
すると、おじいさんとおばあさんは目を大きく見開いて
「おお、これはすごい!」
「大きなお口ね!食べられちゃうかと思ったわ」
と、おどろいた顔をしていた。
そんな反応が信じられなくて「びっくり、した?」と聞いてみた。
「そりゃもちろん!」
ぼくの胸はじんわりとあったかくなって、ポロポロと涙が出てきた。
「はじめて、そう言ってもらえた…」
「あらあら、泣き虫なおばけさんだこと」
「ほら。お菓子、持っていきな」
ぽんと手渡されたひとつの袋。中にはクッキーやらキャンディやら。見たことのないものがたくさん。あこがれてた、おかしだ。
「あ、ありがとう!」
ぼくは涙をふいてお礼を言って、その場所からはなれた。
「うまくいってよかったね!」
「きみのおかげだよ!ありがとう!」
ぼくたちはお互いによろこび合って、袋の中身を見せあった。とても可愛いおかしばかりだ。
しばらくするとセンパイが「帰るぞ」と呼びに来た。
「あ…。もう帰らなくちゃ」
ふしぎだ。
あんなに不安だったのがウソみたいに、ぼくは帰るのがさみしくなった。
すると、子どもはこう言ったんだ。
「また来年、一緒にいこうね」
「…また、きていいの?」
「もちろんだよ!」
子どもはフードをかぶってニカッと笑った。
うれしくて、うれしくて、また涙が出そうになったけど、ぐっとこらえて、ぼくもニカッと笑って「うん!」と返事をした。
「初めてのハロウィンはどうだった?」
帰り道、センパイがそう聞いてきた。
「えっとね…。さいしょはこわかった。でも、うれしかった、楽しかった!」
「…そうか」
「ぼく、がんばって、もっと上手くおどろかせるようになる!」
また来年。
そう言ってくれたあの子にまた会えるように。
ぼくは、おかしの袋を大切に抱きしめた。