翻弄される男
気が付くと、そこは所謂”知らない天井”だった。
(ああ…これがあのいわゆる…)
などと感慨に耽っていたが、これまでの出来事をぼんやりと思い出し飛び起きた。
「マジかっ!生きてる!?」
ペタペタと身体を触り確認する。
どこも痛くない?
と言うか身体には何の異常もない。手も足もあるべき所にあるし、動く。
「……」
そんなはずはない。
中央分離帯を突き破り、その巨体からは想像できない高さまで跳ね上がり、こちらに突っ込んでくるトラック。運転していた相手の驚愕の表情まではっきりと見えた。きっと俺も同じ顔をしていたことだろう。
回避しようと右にハンドルを切ったが間に合うはずもなく、次の瞬間フロントガラスが一瞬で砕けた。
まるで脆い蚊が指でプチっと潰れるように、鉄塊が自身の左半身を潰していく。
あれが…夢だったなんてことは絶対にない。
魂に刻まれた生々しい感覚を思いだし身震いした。
(ん〜〜〜っ。ななななんで?)
「トイレどこやっ!?」
混乱しすぎたせいか、それとも恐ろしい記憶を思い出したせいか、尿意に襲われ、関西弁でトイレを探す。
周囲を見回す。どうやら8畳ほどの個室のベッドに寝かせられていたようだ。
(白い壁と白い天井。ストレッチャーが通れそうな少し大きいドアが一つ。ん、窓が…ないな?状況的にここたぶん病院か?)
幸いトイレは部屋の中にあった。数歩でいける距離にある。服は、どうやら病院とかで着る浴衣のような服を着ている。
とりあえずベットから降り足早にトイレへと近づく。ふとトイレ横の洗面台の鏡を見てまた驚いた。
「なんでやねぇんっ!!」
ツッコミを入れた。
別に関西出身ではない。でも突っ込まずにはいられなかったのだから仕方ない。
「おまっ!何歳やねん!」
鏡の中には10代半ばの驚く少年の顔があった。
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見慣れた現代社会の洋式トイレに座り考える。
(どゆこと?ちゃんと39年間分の記憶あるよな、なんで若いの、マジでどゆこと?)
考える。とは言っても理知的なものではない。現状を受け入れるための時間が圧倒的に足りない。
まず事故はあったのか、無かったのか。あったとしてあれは死んでもおかしくない事故だ、じゃあ死んで生き返ったのか、いやいやそれはない。そもそも体は潰れたのか、潰れてなかったのか、潰れてたとして実は最先端医療で身体再生したのか?ってかいま何歳?もしかして過去に来たのか?じゃあ最先端医療はって未来?はぁ?んん?
トイレにて出すものは出したが、考えれば考えるほどに混乱が増していき動けずにいた。
再度周囲を見回す。
8畳の個室の中だけでもコンクリートの壁、ベッド、蛍光灯、トイレ、ドア等。見慣れた現代技術のソレである。
一瞬異世界転生したのでは?と期待半分不安半分の心境だったが、この部屋を見渡す限りファンタジーのファの字も見当たらない。
異世界モノの代表的な設定と言えば通常、中世、木造、魔道具、エルフけもみみだろう。
中には現代社会ファンタジー物の小説もあるにはあるが、ここにある風景を素直に受け入れるとすればまずあり得ない。
――コンコンコン
悶々と考えふけっていると部屋の扉がノックされ一瞬ビクつく。
おわっ!ん、誰だろう看護士か医者だろうか?
「あ!今トイレしてます!」
水を流し、いそいそとはだけた身だしなみを整え声をかける。
「すみません。もう入って大丈夫ですよ!」
そう言うとスライド式のドアがするすると開かれた。
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入って来たのは金髪の白衣を着た女性だった。
年の頃は20代半ばだろうか顔立ちは整っており少し艶のある女だ。白衣の上からでもわかるほどプロポーションがいい。金髪熟女好きにはたまらないだろう。
そんな属性はないが少しドキドキした。
日本において金髪女医がどれくらいいるかは不明だが、普通に考えて出会える確率はきっと低いだろう。出会えたとしても普通は違和感を持つのが当たり前だ。だが
(美人な女医さんだ。医者なのに金髪て、まるでドラマ見てるみたいだな)
その時の俺は能天気にそんなことを考えていた。
(病院のような場所。先生みたいな格好をしている白衣の女性。
俺の纏まらない考えは一度端に寄せて、事情を知ってそうなこの女性から話を聞いた方が良いだろう。それに質問されれば一つ一つ整理して考えることができるし、何か思い出せるかもしれない。一先ず彼女に委ねよう)
日本人ならではの平和ボケがここに極わまっていた。
だから女の行動に対して、反応が遅れたのは仕方のないことだ。
女は無表情で俺の顔をまじまじと見て、次の瞬間視界から消えた。
驚いて後ろへ仰け反ろうとしたが、頭が固定されていて動かない。女が髪の毛を両手で鷲掴みしている。そしてそのまま…。
顔面に膝蹴りを叩き込まれた。
「っつあ!!?」
突然の激痛に膝を着く。女は手を放すと素早い動きで背後に回り込み、首に金属質な輪っかなようなものを手際よく取り付けた。
「~っはぁ~危ない危ない。もう起きてるだなんて。危うくモルモットが脱走するところだったわ」
女を見上げるとそう言いながら胸を撫で下ろしている。
俺は血の滴る鼻を押さえながら、訳わからん!と思いつつも、かなり不味い状況と言うことだけはハッキリと理解した。