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トラウマノコイ  作者: 沖田 ねてる
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第三十話 子どものワガママくらい聞いてやるよ


 ベルは洋上の甲板にて、苦々しくそう口にしていた。両手を前で祈るような形で組み、沈んでいく船をにらみつけている。


「何やってるんだい、あのクソガキは?」


既に連れ去らわれた二年A組の生徒や、誘拐に加担していたと思われる連中。何も知らない一般客の全ては、やってきた警視庁の船へと脱出し終えていた。あとは主犯格の小柳津キョウシと、ハジメ達だけであった。

 船のほとんどが沈み切ってしまい、最早船首すら見えなくなりそうなこの状況。未だに彼らからの連絡はない。


「…………」


 船首すらも沈み切り、豪華客船は完全に海中へと消えた。沈んだ際に起きた揺れる波こそ見えているが、他に確認できるものは何一つとしてない。終わった。誰が見てもそうである光景であったが、ベルは手を組んだまま、ずっとその水面を見ていた。彼女の手元は、少し震えている。


「っ」


 彼女が両手をぎゅっと握り、目を閉じたその時。彼女の耳に何かが海中から飛び出したかのような音が聞こえてきた。視界を開いた彼女が目をやると、先ほど船が沈んだ場所とは離れたところに一隻の脱出艇が浮かんでいた。


「ハア、ハア、ハア。あー、もうっ。ブラック企業にも程があんだろ、この仕事」

「ホントにな。これ追加料金を請求する案件じゃねーの?」

「ツギコを危険な目に遭わせたお前に払う金はない」


 ハッチを開けて顔を覗かせたのは黒髪碧眼でモブ顔の彼と、少し長い金色の前髪を真ん中で分けたセンターパートに、サイドに隠しツーブロックを入れた髪型を持つ黒目のイケメン。

 彼らの姿を見たベルは、そっと目じりを人差し指で拭った後に、大きな声をかけた。


「遅いよ。レディをいつまで待たせる気だったんだい、このクソガキっ!」

「誰がレディだ。自分の歳を数え直せ、このクソババアッ!」


 疲労困憊で声を上げるのも億劫、と言った様子で怒鳴った彼、ハジメの声に、ベルは一層の笑顔を送るのであった。



「この右肩、何をやらかしたんだい?」

「徹甲弾を撃っただけだけだよ」

「砲弾の類はアンタが耐えられないって言わなかったかい?」

「聞きはしたけど必要があったからやった。今は反省している」

「犯罪者みたいなコメントしてんじゃないよ、このクソガキ」


 脱出艇ごと回収され、甲板にて座りながら治療を受けている僕。人が死ぬ思いして帰ってきたってのに、めっちゃ笑顔なのがクソババアことベルさんだ。どういうことだよ。徹甲弾を撃った後、ずっと外れっぱなしだった肩を三角巾とテーピングで固めてもらい、痛み止めも打ってやっと一息つけた。


「んで。主犯格のキョウシは解るけど、クレハちゃんはどうしたんだい?」


 運ばれていく彼女を見たベルさんが、首を傾げている。僕は自分の考えも含めて、正直に話した。


「って訳なんだけど、こんな感じで何とかなんない?」

「良いのかい? バレたらアンタもタダじゃ済まないよ」

「良いよ、別に」

「随分と入れ込んでるじゃないか。何だい、遂にその気になったのかい?」

「違う」



 邪推をしてきたベルさんに対して、即答する僕。

「僕はただ、悲劇のヒロインぶってる感じが気に入らなかっただけさ」

「はいはい、そういうことにしとくよ」


 なんだこの全部分かってますよ感は。本当に分かってんのか、このクソババア。


「じゃ、後は任せな。子どものワガママを聞いてやるのも、大人の仕事だからねえ」

「はいはい、頼みますよ……いつもありがとう、ベルさん」


 何だかんだ言いつつ、いつも僕らを助けてくれるベルさん。口が悪い癖に、子どもには甘いんだから、ホント。そんなことを考えていたら、自然と口が動いていた。自分でもびっくりしたが、彼女は僕以上に目を見開いていた。


「……ふん、礼なんかいらないよ。それよりも、とっとと身体治して復帰しな、このクソガキ」


 少し身体を強張らせていた後、ベルさんはクルリと背を向けて歩いて行った。でもその声色が弾んだ調子だったのを、僕は聞き逃してはいない。

「素直じゃねーの」

「お前もだよ、ハジメ」


 次にイケボで声をかけられたかと思ったら、座っている僕の身体を大きな影が覆った。


「ローズ。ツギコの様子は?」

「五体満足、変な後遺症もなし。薬が切れたら、自然に目を覚ますだろうよ」

「そっか、良かった」


 本当に一安心だ。これでツギコに何かあったら、僕は今からでもキョウシを殺したね。


「んでよ。そろそろツギコちゃんとの彼氏契約の期間が切れる訳だが」

「当然延長だよ。今さら他の奴に頼めるかっての……ローズ」


 僕はもう一度、彼の名前を呼んだ。


「金払ってるのもあるけど、僕は個人的にお前のことを信用してる。今後もツギコのこと、頼んだよ」


 イケメンの顔を真っすぐ見据えて、僕は頷いた。一度はツギコを危険に晒した訳だが、失態を取り返そうと働いてくれたことを僕は高く評価している。ミスがあった時こそ、その後の動きで本質を推し量ることができる。僕はローズを信用できる奴だと、判断した。


「……了解」


 開いた瞳孔でこちらをじっと見ていたローズだったが、少ししてニヤリと笑った。


「お得意様からの信用が厚いってのは、嬉しいもんだね。こりゃ今後もガッポリ稼がせてもらえそうだし。おっと、失礼」


 僕に向かってローズは右手を差し出してきた後で、こりゃ失礼と言わんばかりに左手に変えた。僕も自分の左手を差し出して、ぎゅっと握る。


「これからも頼むぜ、ハジメ。今後ともご贔屓に」

「こっちこそ頼らせてもらうよ、ローズ」


 握手を交わした後に、どちらからともなく笑った。友達、とは言い難い間柄だけど、コイツは信用できる。僕がツギコを、預けられるくらいには。


「お、おい、ハジメ?」


 諸々が一段落したので、僕はそのまま寝ることにした。うん、もう、疲れた。ベルさんを呼ぶローズのイケボを耳にしつつ、僕は意識を手放した。

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