第二十四話 生徒と教師は物理的にもぶつかるもの
僕らがキョウシを見つけた時、彼は忌々しそうにこちらを見やってきた。
「キョウシッ!」
「どうしてここが解った?」
やってきたのは船の一番下層、ローズが言っていたシェルター内部であった。ローズの情報を元に、シェルターの上にあった客室にやってきた僕らは、すぐにクレハさんの心的蓋章、【断罪少女】で床を切り裂きにかかる。
ただシェルターというだけあって、金属やその他の素材でかなり分厚い壁が施されていた。その為にクレハさん一人では切ることができず、急遽警官隊の人に頼んで爆弾を用意してもらい、床を爆破。衝撃を受けてヒビが入った壁を、再度彼女が巨大な金切りハサミで切り開いて、ようやく中に入ることができた。
中に侵入してみれば、そこは食料貯蔵庫であった。缶詰等の保存食が大量に敷き詰められていた部屋を飛び出して階段を下りていくと、開けた場所にてキョウシの姿を確認した。
「ツギコを何処にやった?」
発見できたのはキョウシ一人であり、辺りにツギコの姿はない。図面を見た限りここはエントランスのような場所で、奥には確か、緊急離脱用の脱出艇があった筈だ。
「ああ、安心したまえ。彼女なら無事だ。人質は生きていてこそ価値があるからね。それで、どうやってここに入ってきたのかね?」
「貴方に答える義理はないわ」
「おや、裏切者の卜部君じゃないか。全く嘆かわしい。我が組織、黄昏の傀儡を捨てた分際で、どの面を下げて姿を現したのかね?」
「捨てたのは貴方じゃないのよ、このクソ野郎っ!」
キョウシの挑発的な言い分に、クレハさんが吠える。
「諸々気になることは多いのだが。まあ、良いだろう。ちょうど目玉商品である君たちが来てくれたんだからね。ここで君たちごと確保して、逃げさせてもらうことにするよ」
「この人数相手に、勝てると思っているのかい?」
最初に驚嘆こそあったものの、次第に余裕の表情を浮かべ始めたキョウシに対して、僕はデザートイーグルの銃口を向ける。クレハさんも生成したハサミを構えており、ローズもサブマシンガンを構えていた。三対一、数字上は圧倒的にこちらが有利の筈だ。なのにキョウシは、全くと言って良い程に態度を崩さない。
「思っているさ。たかだか二十年も生きていない子ども風情が、大人を甘くみたいことだ【傀儡伴侶】」
すると彼は、自身の心的蓋章を発現させた。しかし目の前に、あの青白い女性の人影は見えない。ふと、僕は先ほどプールにあったステージ上で気絶させられた、あの時のことを思い出した。あの時奴は、心的蓋章を。
「OOOOOOOOっ!」
上から出していた。すっかり忘れていた僕が顔を上げると、そこには三メートルの天井に届きそうなくらいの大きさの、長髪の女性の形をしたゲル状の生き物がいる。落下しつつ、こちらを殴りぬこうとその長い腕を振ったところで、
「危ないお前ら、グハァッ!?」
「ローズッ!」
「ローズ君っ!」
「チッ、仕留め損なったか」
すんでのところでローズが気づき、僕とクレハさんを突き飛ばしてくれた。僕らの代わりに一撃を受け、ローズは吹き飛ぶ。壁に激突した彼は白目を剥き、そのままズルズルと床に落ちていった。
舌打ちをしていたキョウシに一発入れてやりたいが、今はそんな余裕もない。何故なら、彼が出した心的蓋章が、僕らの前に立ちふさがってきたのだから。透き通るような青色の、スライムが人間の女性を象ったかのような存在。顔のような凹凸はあるものの、目や口といった器官はない。
「さあて、久しぶりの実戦だ。精々楽しませてくれたまえ。【傀儡伴侶】」
「やるよ、クレハさん」
「ええ、ハジメ君」
キョウシの一言をきっかけに、戦闘が始まった。
「【弾丸凱旋】」
まずは奴の心的蓋章を何とかしたい。一撃でローズを戦闘不能に追い込んだコイツに対して、僕は弾丸を撃ちこんだ。
だが僕の放った弾丸は、傀儡伴侶の液状の体内を通過していった。ダメージを受けているようには見えない。しかもこちらを殴ろうと硬化させた部分は、弾丸をはじき返してくる始末だった。
「【断罪少女】」
クレハさんがそのハサミで切り裂いても駄目だった。切り裂かれた部分が一度は落ちるものの、すぐに飛び上がって切断面とくっつき、何事もなかったかのように再生する。
「私を忘れてもらっては困るよ?」
「クッ!」
更にはキョウシの存在だ。アイツはアイツで右手に構えた拳銃を撃ってきており、目を離す訳にはいかない。足等に一発でももらえばたちまち行動ができなくなってしまい、そして。
「OOOOOOOOっ!」
傀儡伴侶によって、ぶん殴られることになるだろう。この心的蓋章からもらう一撃は戦闘不能、最悪は死へと繋がっている。意地でも、もらう訳にはいかない。
「チィッ!」
「きゃっ!」
「クッ!」
のんびり戦っている訳にもいかなかった。シェルター全体が揺れ、三人揃ってその場で踏ん張ることになった。何せ今、船が沈み始めているのだ。ゆっくりではあるが傾きは徐々に急になっていっているし、クレハさんが穴を開けたが為にこのシェルター内とて最早安全ではない。
「チッ、浸水も始まっている。欲張っている場合でもないか」
キョウシが小さく舌打ちをしたのが聞こえた。僕らが侵入してきた穴から海水が入り始めているのか、水が流れる音が聞こえてきている。
彼のベストはここで僕ら三人を捕まえた上での脱出だが、この状況下では厳しいだろう。そうなると、奴が取りそうな手段は次善だ。ベストではなく、ベターな成果。この状況下でのベターと言えば。
「私が逃げるまで足止めしろ、【傀儡伴侶】」
確保しているツギコを連れて、自分だけ逃げることだ。命あっての物種。しかもツギコは心的蓋章持ちで、若い日本人ハーフの女性だ。その価値は高い。
「させるかッ、【弾丸凱旋】ッ!」
当然そんなことをさせる訳にもいかず、僕はキョウシに弾丸を乱射した。
「俺を守れ、【傀儡伴侶】」
「OOOOOOOOっ!」
飛び上がってキョウシを庇うように彼の前へと着地した傀儡伴侶によって、弾丸が防がれる。心的蓋章の後ろで、キョウシがニヤリと笑っていた。
「良い子だ。全く、妻とはこうあるべきだな。ではな」
「ま、待ちなさいっ!」
クルリと背を向けたキョウシは、こちらを振り返らないままに歩き出した。クレハさんの言葉に耳を貸すことはなく、さっさと奥の部屋へと姿を消す。後を追おうとしたが、傀儡伴侶が立ち塞がった。




