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トラウマノコイ  作者: 沖田 ねてる
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第十九話 突撃! 隣のクソババア!


「その後のことは、覚えてないよ。気が付いたら、僕らは病院に運ばれてたからね。どうも騒ぎを聞きつけた近所の人が、通報したみたいだったけど」


 僕は、話を続ける。後はまあ、そんなに難しいことじゃなかった。心的蓋章(トラウマ)を発現させた僕とツギコは、たまたま捜査担当に来ていたベルさんによって拾われた。僕はベルさんの元で鍛えられ、そのままの流れでこの仕事に就くことになった。実際問題彼女が拾ってくれなかったら、僕は何処かの研究機関に送られていたかもしれない。まあ、ハワイが怖くなったけど。

 幸いにして、父さんも無事だった。怪我は酷かったけど、命に別状はなかったらしく。回復した今は、行方をくらましている。探せば見つかるのかもしれないけど、正直僕も、会いたくはない。


「そしてツギコは、記憶を失ってるんだ」

「えっ?」


 最後に話題に出したツギコのことに、彼女が驚きの声を上げる。


「ツギコさ、父さんが僕を虐待してたことも、あの日に父さんに撃たれたことも、僕が父さんを撃ったことも。何も覚えてないんだ。彼女も僕と同じで心的蓋章(トラウマ)持ちになった筈なのに、その異能力は一度として現れたことがない。蓋章(クレスト)が異常に強く働いている為とも言われているけど、原因は不明だ」


 話していて息が切れてきた僕は、一度言葉を切った。


「だからツギコは、父さんは働きに出ていないだけで、いつか必ず帰ってきてくれる。親子三人で仲良く生きていけるって、今でも信じてるんだ。そんな未来、ありはしないのにさ」

「ねえ、聞いても良いかしら?」


 話の途中で、クレハさんが割り込んでくる。


「なんだい?」

「あなたは自分のお父さんについて、どう思ってるの?」


 彼女の問いは、いつか僕が彼女にしたものだった。僕は言葉に詰まる。


「いつかのお返しかい?」

「答えて」


 軽口も一刀両断された。真剣な表情のクレハさんに対して、僕は顔を俯ける。


「……悪いのは、僕だ。それだけだよ」


 重たい口を開けてみれば、僕はそんな言葉をこぼしていた。彼女は何も言わなかった。


「だから僕は、ツギコを幸せにしなくちゃいけない」


 無理やり決意を新たにしようと思った僕の声色は、震えている。


「父さんが最後の一線を越えたのも、彼女をあんな目に遭わせたのも、僕の所為なんだ。だから僕は、罪滅ぼしをしなくちゃいけない。僕に残った最後の家族のツギコを、幸せにしてやらなくちゃいけない。そうしなきゃいけないんだッ!」

「じゃあ、あなたは? ツギコちゃんを幸せにして、あなたは、どうするの?」


 クレハさんの真剣な瞳が、僕を射抜いてくる。


「僕? 僕なんかどうもしないさ。ツギコが幸せになれるように、不幸にする輩がいたら排除して、ずっと彼女を見守りながら生きていくだけ。それ以外、何があるって言うんだい?」

「あなた自身の幸せは、どうなるの?」


 僕自身の、幸せ? 何を言っているんだ、この人は。


「僕? 僕なんかどうなったって良いさ。僕は家族を壊した、最低最悪の人間なんだ。ツギコさえ幸せになってくれたら」

「そのツギコちゃんが、あなたの幸せを望んでいたとしても?」


 直後に割り込まれたクレハさんのその言葉に、僕の口が動きを止めた。だってそれは、僕がずっと目を背けてきたことだったから。


「あなたに許嫁ができたって聞いた時の彼女、あんなに嬉しそうだったじゃない。ツギコちゃんがあなたの幸せを願っていないとでも、本当に思っているの? 誰かと結ばれて、笑っているあなたの姿を彼女が見たくないなんて」


 言葉が紡げない。クレハさんの言っていることが、頭の中で何度も反響して聞こえている。


「そもそも僕は男子失格なんだ。当たり前の幸せなんか、あるはずがないだろう?」

「いいえ、あるわ。私がいるじゃない。あなたと同じで、子どもが作れない身体の、私が」


 まあ正しくはあっただけど、とクレハさんは付け加えた。


「あなたのこと、少しだけ解った気がするの。世界中で一番駄目なのは自分であって、そこから逃げたかったのが私。そこに留まり続けたのが、あなた。そっくりなのに、全然違う間違え方してたのね。私もあなたも、お馬鹿さん」

「だから、どうだって言うのさ?」

「もっと早くに出会えてたら、一緒に頑張れたのにって話よ」

「さあてお次は、今回のオークションの目玉商品ッ! なんと心的蓋章(トラウマ)持ちの高校生、しかも男女両方揃っておりますッ!」


 上から声がしたかと思うと、天井が開き、僕らは十字架ごとせり上がり始めた。眩いばかりのライトに照らされて目を細めた後、光に慣れた視界に広がったのは真っ暗な中に無数に蠢く人影。全員が仮面をしており、身バレしたくないっていう下心が透けて見えるようだった。


「上運天ハジメと、卜部クレハでございますッ! 上運天ハジメの方は、なんと日本の警察に所属する最年少警察官。手懐ければあなたの頼もしいボディーガードになること間違いなし。そして卜部クレハは」

「私はあなたが好きよ、ハジメ君」


 ハイテンションの司会者があることないことを紹介している中、クレハさんがそう口を開いた。


「今さらどの口がって思うかもしれないけど、これは本当の想い。あなたを知って、本当に好きになった。私には、あなたしかいない。あなたとなら、一緒に幸せになれたんじゃないかって」

「クレハ、さん」


 まさかの、愛の告白だった。今までの軽いやり取りとは違う、彼女の本当の想い。


「できれば来世では、結ばれましょう。何もない普通の人間に生まれ変われたら、どんなに時間がかかったとしても、絶対にあなたを見つけてみせる。きっと出会えるわ。だって」

 そこで一度、彼女は言葉を切った。僕の方に首を向けると、ニッコリと微笑んでみせる。

「私達は、同じなんだもの」

「ッ!」


 綺麗な顔だった。建前や気遣いや、そんなものの全てを取り払った、クレハさんの本当の笑顔。心の底から微笑んでいることが伝わってくる、慈しみの笑み。僕は息を呑んだ。更に僕の内側でスマートチップが反応して、僕はもう一度息を呑んだ。


「君の言葉に僕が返すのはこれだけだよ」


 動揺も芽生えたけど、僕は全てを飲み込んだ。口を開いた後は、冷静に彼女へと返答をする。やっとこさ、通信が来たからだ。


「僕は君が嫌いだ」

「でも私は好きよ。ふふふっ、それでこそハジメ君ね。参考までに、何処が嫌いなのか、聞いても良いかしら? 来世までの課題にさせてもらうわ」

「その何もかもを諦めている感じが駄目だね」

「えっ?」


 まったく、遅いじゃないか。続いて震えたのは、僕の耳。スマートチップを通して直接鼓膜を震わせてくる、彼女の声。


『……生きてるかい、クソガキ』

「生きてるよクソババア」

「は? えっ? クソババア?」


 震えているのは僕の鼓膜だけなので、クレハさんには聞こえていない。いきなり暴言を吐いた僕に向かって、彼女はただ困惑しているだけだった。まあ、仕方ないよね。今僕は、自分の体内に埋め込まれたスマートチップを使って、ベルさんと連絡を取ってるんだからさ。


『そりゃ何よりさ。にしても、林間学校に行くって言って、なんで海の上にいるんだい? どんな方向音痴だよ、ったく』

「文句なら運転手に言ってくれない? 僕、連れてかれただけなんだけど」

『こうなる前に阻止するのがアンタの仕事だろうが。ったく、説教だよ。今から行くから』

「はい? 今から?」


 今からって、どういう意味なんだろうか。僕のその疑問は、一気に解消されることになった。大きな騒音と共に天井が割れ、一本のカプセル型のミサイルが僕らの目の前に打ち込まれたからだ。次は僕が困惑する番だった。


「うわぁぁぁあああああああああああああああああああああああッ!?」

「お、落ち着いてくださいッ! すぐに係員の指示に従って非難をッ!」


 同時に各所に爆発音が起き、会場全体が揺れ始めた。会場は大パニックだ。唖然としている僕とクレハさんの目の前で、打ち込まれたカプセルが開く。すると中から出てきたのは、スラリとした長身を持つ、年を感じさせない彼女。


「ったく、年寄りを撃ち込むなんて。なんて扱いだ。絶対、本部に苦情を入れてやるよ」


 服の裾を掃いつつ、こきこきと肩を鳴らしている妙齢の女性。顔に刻まれたシワは、歴戦の強者の証。後腰にぶら下げている、白銀のトンファー。僕の人生の中で、こんな女性はただ一人しか記憶していない。いや、こんな女性が二人以上いるなんて、信じたくない。


「べ、ベルさん。随分ダイナミックな登場だね」

「無事だったかい、クソガキ。んじゃ、さっさと仕事するよ」


 銀色の髪の毛を揺らしながらこちらを見てニコっと笑ったのは、ベルさんだった。


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