表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
トラウマノコイ  作者: 沖田 ねてる
14/34

第十三話 秘密はバレるか打ち明けるもの


 海からの帰り道。爆睡しているツギコをローズに任せ、僕はクレハさんを送っていくことになった。今の僕は、白いポロシャツにジーンズ姿。彼女は黒いロングスカートのワンピース姿だ。

 本当は僕がツギコを送っていく体で、クレハさんとは離れたかったんだけど。事が終わった後、何かを察したローズが、さっさとツギコを連れて行ったのだ。ちなみにクレハさんとあれこれしている間に、あのおじさんは取り逃がしてしまった。抜かった。


「今日はごめんなさい、ハジメ君」


 二人きりとなり、将来学院まで戻ってきて。学校の敷地内を二人で歩いていた際、不意に、彼女が口を開いた。


「その、いきなりあんなことになって……迷惑、だったわよね? 本当にごめんなさい。私なんかじゃ」


 自分を卑下するように、後悔しているかのように俯いているクレハさん。僕はそこで、はたと気が付いた。あのお香の所為とはいえ、女性から求められたのに、僕は拒絶した。つまり、彼女を傷つけてしまったのではないか、と。


「そ、そんなこと、ないさッ! クレハさんが魅力的じゃないから、断った訳じゃない。僕はただ、お香の所為で変になってるから」

「ううん、違うわ。結局は、私なんか」


 自己嫌悪に陥っている彼女を見て、僕は段々とバツが悪くなってきた。誰の所為かと言われたら、百パーセントあのマッサージジジイの所為だけど。彼女を受け入れなかったのは、僕でもある。それも、酷く個人的な理由で。


「あー、うん。違うんだクレハさん。違うんだよ」


 もう話そうと、僕は思った。周囲を見やると、学校の敷地内ということで学生の姿はあったけど、姿は遠い。この距離なら聞かれないだろう。


「今回のことは、本当に僕の都合だけなんだ。君はとても綺麗だし、魅力的な女性だ。水着だって似合ってたし、僕なんかには、もったいないくらいの人だよ」

「き、急にどうしたのよ、ハジメ君?」


 クレハさんが戸惑っている。そりゃ今まで邪険にしてた輩が、いきなり褒めちぎり出したら、困惑もするよね。でもそれは、僕の本心でもあった。


「だからこそ、僕は君を受け入れられない。前に劣っている男をどう思うか、って聞いたのは覚えているかい?」

「ええ、覚えているけど。ハジメ君が劣っているところなんて、どこにも」

「僕は男子失格なんだ」


 無意識の内に、僕の視線は下がっていた。


「それってクラスの子がつけてた、嫌がらせのあだ名じゃないの?」

「そうさ、嫌がらせのあだ名だ。だけど悲しいことに、僕にピッタリでもあるんだよ」


 クレハさんが顔をしかめている。まあ、当然だろうね。でもこの事情を知れば、納得せざるを得ないだろう。


「ッ」


 一度口を開こうとしたけど、喉が詰まった。僕はもう一度、息を吸い込んだ。


「……僕は子どもが作れない身体なんだ」

「っ!」


 遂に、僕は告白した。自分の持っている、一番大きなものを。


「男性器自体は不能じゃないし、ちゃんと出すこともできる。でもその中に、子どもの種となるものが全く存在しないんだ。恋愛が義務になって、子どもを作っていこうっていうのが今の社会。そんな中で誰と交わったとしても、子孫を残すことができない奴なんて。ほら、男子失格だろ?」


 一度口にしてしまえば、後はもう勢いのままに話すことができた。子どもを作れない男。それが今の世の中で、どういうことになるのか。


「だから僕は、ツギコ以外の女の子と仲良くしたくないんだ。仲良くなって、万が一付き合ったり、結婚したりしても。僕は子どもが作れない。そうなると補助金だって、免税だって、できない」

「で、でもッ! 不妊治療の補助金だって、たくさん」

「もちろんそれもあるよ。ただ僕の場合は先天的なものらしくて、治る見込みがないんだ。今だって通院してるけど、進捗はサッパリ」


 みんなが当たり前に利用している制度が、何一つ使えない。


「こんな僕と一緒になることはないよ。仮に結婚までこぎつけたとしても。幸せには、なれないから」


 第三次ベビーブームの到来とも言われている今、僕みたいな人間は不要なんだ。


「このことを、ツギコちゃん、は?」

「言ってないよ。余計な心配かける訳には、いかないからね」


 クレハさんは目を見開いたままその場で立ち尽くしている。仕方ないだろうさ。許嫁にした相手が、男子失格だったんだ。なんていう奴を選んだんだろうって、後悔もするだろうし。僕は視点の定まっていない彼女に、一歩近づいた。


「だから、さ。僕が悪いんだ。今日のことだって、君を受け入れたところで得られるのは、一時の快感だけ。普通の人が描ける未来は、絶対にあり得ないんだ。そう思ったら、何も、できなかった」

「ハジメ、君。あなたは」

「クレハさん、本当にごめん」


 もう一度、僕は頭を下げた。深々と下げた。


「クレハさんは魅力的な女性だから、きっと良い出会いがある。今はちょっとドラマチックなことがあって、僕のことが良く見えてるかもしれないけど。ほら、ローズみたいなカッコイイ奴も、いっぱいいるしさ。僕に固執することはないよ」

「こんなことって、あるの? まさか、私と……もしかして、彼なら、本当に」


 頭を上げてみると、クレハさんは一人でブツブツ呟いているばかりで、あんまり僕の話を聞いてくれていないような気がした。


「ッ。じゃあ、僕は先に帰るね」


 彼女のその姿を見て、思わず拳を握りこんでいる僕がいた。情けない。僕は何かを、期待していたんだろうか。そんな弱い心を振り払ってしまおうと、僕は踵を返して歩き出す。


「ま、待って、待ってハジメ君っ!」


 すると突然、クレハさんが駆け寄ってきた。


「どうしたのクレハさん? あっ、許嫁の解消かな。何なら今からでも」

「違う、違うわ」


 振り返った僕の想定は彼女の力強い口調と、横に振られた頭の動きで否定された。


「私は構わないっ!」

「ッ!?」


 その瞳に、言葉に、僕は身体を震わせた。飲み込んだ筈の期待が、湧き上がってくる。


「嘘、だ。こんな僕なんか、受け入れられる筈」

「嘘じゃ、ないっ。だって私、私ね。実は、あなたと」

「おや、どうしたんですか?」


 いきなり声をかけられた。二人して振り返ってみると、そこには白髪交じりのオールバックで人の良さそうなおじさん。小柳津キョウシ先生がいる。


「卜部君に後見人関係のことでお話があったんですが。お邪魔でしたかな?」

「ッ。いいえ。大丈夫です、先生」


 驚きつつも、僕は極めて冷静に返事をすることができた。第三者が来てくれたお陰で、茹っていた頭が冷えたからかもしれない。


「じゃあ、僕は先に帰るから。また学校でね、クレハさん」


 そのまま僕は、逃げるようにその場を後にした。同情や安い慰めのつもりだったのかもしれないと、彼女の言葉を心から信じることができない。僕が居ても人並みの幸せを得られないのなら、いっそ最初から付き合わない方が、よっぽど彼女の為だ。

 クレハさんは両親のこともあって、ずっと辛い目に遭ってきたんだ。今から幸せにならなければ、帳尻が合わない。そこに僕みたいなのがいたら、邪魔以外の何者でもないだろう。


「は、ハジメ君っ!」


 僕はさっさと男子寮へ歩いて行った。自分を呼んでくれた彼女の声を、無視して。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ