彼女だけクラスのクリスマスパーティーに呼ばれていた……
メリークリスマス!
彼女が出来ると、世界が一変して見える。その一つが、クリスマスイブだと言えよう。
去年までおひとり様だった俺・影山藤二郎は、「クリスマスなんてクソくらえ!」と思っていた。
街中に流れるクリスマスソングは死の呪文のように聞こえたし、すれ違うカップルたちが一人で歩く俺を見る度嘲笑してきているように感じた。
そんなの被害妄想だってわかっている。
クリスマスソングはどれも名曲ばかりだし、イチャイチャに夢中なカップルたちが俺なんかを視界に入れるわけがない。
だけどついネガティブな思考に陥ってしまうのが、クリぼっちの習性というもので。
でも、今年の俺はひと味違う! なんたって今の俺には、愛する彼女・小金井秋穂がいるのだから!
本日12月23日、金曜日。
クリスマスイブ当日が休みとか、今年はなんて当たり年なのだろうか。
24日は朝から夜まで、秋穂と一緒に過ごすとしようかな。
勿論、条例は守りますよ? 深夜まで遊んだりしませんよ? 高校生なんだから、節度あるお付き合いをしなくては(実のところヘタレなだけだったりする)。
放課後。
イブの予定をまだ決めていなかったので、俺は明日どうやって過ごすつもりなのか秋穂に尋ねてみることにした。
「なぁ、秋穂。明日はどうする? 付き合って初めてのクリスマスイブだし、俺としては出来るだけ長い時間一緒にいたいと思うんだけど……」
ここで拒絶されたら、きっと過去最悪のクリスマスイブを過ごすことになると思う。彼女がいるというのに。
しかし(自分で言うのは照れるけど)秋穂は俺のこと大好きだからな。デートをしたいと言ってくるに違いない。
俺の頭の中は、既にどこに行くのかにシフトチェンジしていた。のだが……
「え? 明日は夜まで、クラスのクリスマスパーティーに参加するんじゃないの?」
…………なんだって?
「クリスマス会って……マジ?」
「いや、イブ前日に彼氏にこんな嘘つかないって。っていうか、藤二郎もそのつもりなんじゃないの? だからクリスマスデートに誘わないものだとばかり思っていたんだけど」
イブの予定を聞かれないと思っていたら、既に埋まっていると勘違いをしていたのか。
恋人がいるからといって、クリスマスイブは必ずしもその恋人と過ごさなければいけないわけじゃない。
だからクリスマスパーティーに出ること自体は、大した問題じゃなくて。
問題なのは、そのパーティーの存在を俺が知らなかったということ。えっ? 俺、誘われてないよ!?
俺の反応を見て、秋穂は「あっ、こいつ誘われてないパターンだ」と察したのだろう。あからさまに「ヤベッ」という顔をしていた。
「えーと……今のなし」
聞かなかったことになんて出来るか!
パーティーに誘われていないクラスメイトが、俺以外に果たして何人いるだろうか? 指折り数えるにしても、片手があれば足りるだろう。
若干涙ぐんでいる俺の頭を撫でながら、秋穂が励ましてくる。
「元気出して。明日はパーティーを断って、藤二郎と一緒に過ごしてあげるから」
「……いや、いい。約束したんなら、パーティーの方行ってこいよ」
クラスのみんなも秋穂と楽しみたいと思ったから、パーティーに誘ったんだ。「出席」の返事をする前ならいざ知らず、参加すると約束した以上前日でドタキャンするべきじゃない。
……沽券の為に言うが、自分だけ誘われなかったことを拗ねているわけじゃない。全然拗ねてなんてないんだからねっ!
「じゃあさ! 藤二郎も、パーティーに参加しない?」
「俺、誘われてないから。誘われてない人間が行ったら、迷惑だろ?」
「えっ? 何でこいつ勝手に来たの?」的な視線を浴びるのが目に見えている。そんな視線を向けられたら、それこそ耐えられない。
「……わかった。藤二郎の言う通り、明日はクリスマスパーティーに参加する。でもその代わり、明後日はきちんと藤二郎と一緒に過ごすから! 絶対絶対、約束だから!」
落ち込んでいる俺の為に、ここまで尽くしてくれるなんて。本当、秋穂は良い女だな。
何はともあれ。
彼女が出来て初めてのクリスマスイブは、予想外にも一人で過ごす羽目になってしまった。
◇
一夜明けて、やって来たクリスマスイブ。
テレビを付けると、中継で現在の都心の様子が映される。土曜日ということもあり、都心は大変賑わっていた。
インタビューを受けているのは、幸せそうなカップルだ。
その内容から、二人がお互いを本当に大切にしているのだと理解出来る。
恋人をどれだけ大切に思っているのかなら、俺だって負けていない。恋人にどれだけ大切に思われているのかなら、誰にだって負けているつもりはない。
しかし現実の俺は、こうしてコタツで一人蜜柑を食べているわけで。……一体俺と彼らとで、何が違うのだろうか?
現状を嘆きながらコタツで項垂れていると、チワワのマイルが「構って」と言わんばかりに俺の背中を前足でかいてきた。
……そうだったな。俺は一人でイブを過ごしているわけじゃなかった。
「散歩、行くか?」
尋ねると、マイルは「ワン!」と吠えて答えた。
外は寒いのでコートを羽織り、マイルにもモコモコの洋服を着せて、俺は散歩に出かける。
近所の公園に立ち寄ると、中では小学生たちがプレゼント交換をしていた。
自分が欲しい物を、必ずしも貰えるわけじゃない。でも、それで良いんだ。
みんなと一緒にプレゼント交換をすることにこそ、意味があるのだから。
「……今頃秋穂も、クラスの奴らと楽しんでいるんだろうなぁ」
微笑ましさが一転、またも悲しい気持ちになった。
励ますように鳴いてくれたマイルを撫でてから、俺が公園をあとにしようとした時、
「藤二郎!」
突然名前を呼ばれる。
声のした方向を見ると、そこには秋穂が立っていた。
「秋穂……どうしてここに? クラスのクリスマスパーティーに参加している筈じゃなかったのか?」
「秋穂? 違います、私は夏穂です。秋穂は体調を崩してしまい、クリスマスパーティーを早退しています」
「……夏穂じゃなくて、夏穂の方が読み方がしっくり来るんじゃないか?」
「ハッ、確かに! ……申請を承認します。私は秋穂でも夏穂でもなく、夏穂です」
設定がブレブレだな。正体隠す気あるのか、こいつ?
夏穂=秋穂だというのは、言うまでもないことだろう。それではなぜ、秋穂は正体を偽ってまで俺の前に現れたのか?
恐らくだが、秋穂はなんだかんだ言いつつ俺が寂しがることを予想していたのだろう。だけど友達の約束を反故にしてはいけないという俺の言うことも、理解出来る。
そこで妥協案として、自分が秋穂ではなく夏穂になることにしたのだ。
夏穂はクリスマスパーティーに誘われていないから、俺とデートしてもなんら問題ない。要するに、屁理屈である。
まぁその屁理屈は、きっと俺の為なんだけどね。
俺が気兼ねなく彼女と過ごせるように、秋穂は夏穂になってくれたのだ。
「藤二郎、今暇?」
「あぁ、暇だぞ」
「良かった。それじゃあ、私とデートしてくれない?」
丁度暇を持て余し、寂しさを紛らわせていたところだ。断る理由など、あるわけなかった。
◇
マイルを連れていたこともあり、どこへ行くわけでもなく俺は夏穂を自宅に連れて来ていた。
「お邪魔しまーす……って、あれ? ご両親は?」
「仕事。土日とかクリスマスとか、あんまり関係ないらしい」
「ふーん。……ということはもしかして、今日はこの家に二人きり?」
「いいや、二人と一匹だ」
「だから変なことをするつもりはない」という意味を込めて、俺はマイルを指差した。
「……そっか」
いや、何でちょっと悲しそうなんだよ。
お家デートとなれば、自ずとやることも限られてくる。俺たちは映画を観たり、ボードゲームで遊んだりしていた。
遊園地に行くわけでもなし。ちょっと高めのレストランでランチをするわけでもなし。なんともまぁ、お財布に優しいクリスマスデートだろうか?
こんなクリスマス、小学生の時以来かもしれない。
俺が童心に帰っている一方で、夏穂は終始表情を固くしたままだった。
映画の面白いシーンを観て、笑いはするものの、その笑顔はどこかぎこちない。ボードゲームで俺に勝っても、心から喜んでいるようには見受けられない。
「なぁ、夏穂。もしかして……楽しくないか?」
「え? ううん、そんなことないよ! 藤二郎と一緒にいるんだから、楽しいに決まってるじゃん!」
「だったらどうして、浮かない顔をしているんだよ? 何か不満でもあるのか?」
「それは……」
不満があるなら、遠慮せずに言って欲しい。
俺は今日という日を、彼女と過ごしたいんじゃない。彼女と楽しく過ごしたいのだ。
「……今日、ご両親いないんでしょ?」
「ん? あぁ、そうだが?」
「なのに本当に、私に何もしないのかなーって」
「逆に聞くけど、何かして欲しいのかよ?」
「そりゃあまぁ、少しくらいは? ……物事には順序があるし、取り敢えずキスくらいは期待していたりして」
自身の唇に人差し指を当てながら、夏穂は言う。
キスって……そんなこと、いきなり言われても。
去年までの俺は、恋愛なんてろくにしてこなかった。
恋人なんてもってのほかで、女の子と触れ合う機会すらなかった。
だから正直「女の子と付き合う」というのが、どういうことなのか未だにはっきりわかっていなくて。
手を繋ぐくらいなら、流石に慣れたさ。でもハグとかキスとかそれ以上の行為をするとなると……どこか躊躇してしまう自分がいるのだった。
「お前は秋穂じゃないんだろ? 悪いが、浮気は出来ない」
嘘だ。こんなの、言い訳だ。
自分のヘタレが原因だというのに、それを彼女のついた嘘のせいにしている。
その嘘だって、俺の為についてくれたというのに。
「それは……そうだよね」
夏穂はシュンとなる。そんな彼女の顔を見た俺は、どうしようもない罪悪感に苛まれた。
逃げるなと、俺は自分に訴えかける。
もし本当にサンタさんがいるのならば、今年一年良い子にしてたんで、俺に勇気を与えて下さい。
「でも……秋穂だって、一回くらいなら浮気を許してくれるかもな」
「! うん!」
夏穂が目を閉じる。
俺はそんな夏穂……いや、秋穂に口付けをした。
翌日、俺は予定通り秋穂とデートをした。
「体調はもう大丈夫なのか?」。そんな風に揶揄ってみると、彼女は、
「大丈夫! 最高のお薬を貰ったから」
唇に手を添えて、なんとも嬉しそうに言うのだった。




