独眼竜
投げた。
ほんの一瞬の出来事だった。顔色一つ変えず。なんの躊躇も無く、まるで誰かに物を投げ渡すぐらいの軽い動作、第三者からすればそう見えたはずだ。
だがその男にとってこれは紙くずをゴミ箱に投げ捨てることに等しい。
チンピラはガラスを突き抜け道路に投げ出された。全身がガラスによる切り傷と出血で真っ赤に染まり、ぴくりとも動きはしない。
周りの人は自分の目を疑うばかりで状況を飲み込めずにいる。
眼帯の男は振り返ると直人達をにらむ、その瞬間、二人は刺された。肉体をではない、眼帯の男の殺気は確実に二人の精神を貫通し恐怖を叩き込もうとする。
眼帯の男は直人達に向かって歩みを進める。まずい、ここで戦えば多くの人が巻き込まれる、ここで戦うわけにはいかない。
直人と誾千代は眼で合図を送る。そして眼帯の男が武器だけを召喚しようとした瞬間、二人は同時にガラスを突き破り逃げ出す。投げ飛ばされたチンピラとは違い、二人は綺麗に着地するとその場から走り去り、眼帯の男もそれに続く。
人気のないところ、しかしこんな街中にそんな場所があるわけない、その時隣のレジで順番を待っていた男の言葉を思い出す。地下駐車場、そこなら少なくともここよりは人が少ないはずだ。直人は誾千代にそれを伝えると近くのデパートに駆け込む。
都合よく地下駐車場は誰もいないうえに車の数も少ない、これなら被害は最小限にとどめられるはずだ。
直人と武装化した誾千代が構えると眼帯の男は衝撃的な言葉を言う。
「被害を出さないよう人の少ないこの場所に来る、俺の予想通りだ・・・・どこにいる水樹、早く出て来い」
予想はしていた。このあまりに鋭い殺気、もしかしたらと、そして柱の影から長城水樹は姿を現し、男のすぐ横に歩み寄った。
彼女が自分を見る眼が痛い、どうして言うとおりにしてくれないのかと眼が語りかけてくる。しかしどんな眼で見られようと負けるわけにはいかない、直人は刀を握る手に力を入れなおす。
「下がっていろ水樹、いつもどおりだ、他のスレイヴやロードが近づいてきたら悲鳴でも上げて伝えろ、俺はあいつらを殺す」
すると水樹は男の腕をつかみ言う。
「お願い、あの子あたしと同じ学校の後輩なの、だから神弥君は殺さないで政宗君!!」
「政宗!?」
直人と誾千代は思わず驚きの声を漏らす。
奥州の王、伊達政宗、それまではバラバラだった東北地方を自分の代で一気にまとめ、東北地方全てを支配した男である。
戦では負けた軍の総大将やその一族を殺せばそれで済むが政宗は家来はおろか敵の城にいた女や子供、牛や馬など生物全てを皆殺しにする撫で斬りを行ったことで知られる戦国時代の大名、幼い頃に病で右目を失っているため、独眼龍の異名を持っている。
水樹は政宗に懇願するが政宗は腕を振り払い言う。
「知らん、誰であろうと俺に刃を向けた者は殺すそれだけだ、それと、直人と言ったな、貴様も戦うのか?」
政宗の質問に直人が答えようとすると誾千代が腕を直人の前に突き出し、それを制する。
「直人、悪いが手を出さないでくれ、言い忘れていたがあなたには手負いの時や多対一の時にだけ戦ってもらう」
その言葉に直人は声を張り上げる。
「何言ってんだ!?俺はもう足手まといじゃ・・・・」
直人が言い終える前に誾千代の言葉がそれを遮る。
「これは・・・・・史上最強を決める戦いだ、二対一で勝っても意味はない、それに私の傷はもう癒えている、私が負けると思っているのか?」
それでも納得のいかない様子の直人に誾千代はゆっくりと近づき、優しく語りかける。
「直人・・・・私もあなたが大切だ・・・だからもう一度、あなたを守らせてほしい」
「・・・誾千代・・・・」
誾千代は直人に背を向け、政宗に向かい、刀を構え、言い続ける。
「私は前の戦いであなたに救われた。だから今度は私に守らせて欲しい、自分の力だけで敵を倒させて欲しい、そして政宗を倒した時によくやったと褒めてくれ」
その言葉で直人の心から不安は消え、おかしなぐらいに誾千代が頼もしく見える。ここ最近の連戦で誾千代を完全に女の子として見ていたが今は初めて会った時以上に立派な一人の戦士に見える。直人は全てを誾千代に委ね、言い放った。
「行け!誾千代!」
「まかせろ!!立花家城主!立花誾千代!参る!!」
政宗も武装化し、青い甲冑に身を包むと刀を抜く。
「奥州の王、独眼龍伊達政宗、撫で斬りにしてやろう」
それを合図に二人の刀は振るわれる、義経戦以来の刀同士の斬りあい、やはり二人の技術は現代剣術のそれを遥かに上回る。
敵の攻撃は刀で防がず、かわすか受け流す、攻撃は的確に鎧の隙間を狙う、完全な日本剣術である。最初は互角、しかし時間が経てば経つほど誾千代が政宗を押し始める。