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強者は慈悲を忘れない

 蜻蛉切りはもう限界だ。忠勝はこの一撃を受けることを覚悟し、次の手を模索するが。


 グチャ


 誾千代の体が壊れる気持ちの悪い音が鳴り、刀は押し返され、忠勝の攻撃が彼女の左腕の上部に当たる。


 誾千代はその衝撃で飛ばされ、体を床にひきずりようやく止まる。


 倒れた誾千代の両腕は骨が折れ、不自然な方向に曲がり、筋肉が千切れたのか腕のところどころから出血している。


 忠勝の攻撃を受けた左腕は皮一枚と数ミリの鎧でつながっているにすぎず、壊れたシャワーのように赤い鮮血を吐き出し続ける。


 誾千代は苦しそうに息をしながら右手で傷口を押さえようとする。


「誾千代!」


 直人は絶叫し、誾千代に駆け寄り、何度も彼女の名を呼ぶ。

 しかし誾千代は応えず体から大量の血を流し続ける。


 義経との戦い同様、誾千代は細胞に電気を流し、細胞の再生力を高めているはずだ。

 直人は誾千代の切断しかけた左腕の切り同士をくっつけると彼女の右手をあてがう。

 誾千代は薄れる意識の中で必死にその傷口を押さえる。これでしばらくすれば腕は繋がるはずだ。


 しかし安心する暇もなく忠勝は、ガシャン、ガシャンと鎧の揺れる音をたて、遅い歩みでゆっくりと距離を縮めながら語る。


「人間は平時、本来の筋力の半分も使ってはいない、理由は単純、人間の体は全力を出すと自らの筋力に体が耐え切れず、骨や筋肉自体が崩壊する。だからこそ、緊急時に一瞬だけ真の力を発揮するように筋肉には抑制がかかっている。さきほどの強さ、おそらく体内の電気信号を操ることで筋肉の抑制を外し、常に全力で戦うのだろうが、そのような戦い方をすれば数分と経たずに体が崩壊するのは必然、まさに諸刃の剣だ」


 直人が誾千代を立たせると、忠勝はもう目の前まで迫っていた。


 忠勝が直人を見下ろすと彼の放つあまりの圧力に直人は人形のように動かなくなり、顔は恐怖でこわばる。


 虚ろな目をゆっくりと開けると誾千代は直人を後ろへ突き飛ばし、右腕だけで刀を構える。


 左腕は繋がってはいるものの全く動かず左肩からぶらさがっている。おそらく皮膚と一部の筋繊維が繋がっているだけで骨や神経は切れたままなのだろう。


 目は焦点が定まらず、折れた腕では刀を握る手に力が入らない。


「もう一度問う、降伏する気はないのか?」


 誾千代は足をふらつかせ、うつろな目で答える。


「……わ、わたしは武士だ、男として生きると……誰が降伏など、そんな女々しい……」


 そう言い終えると前のめりにゆっくりと倒れ、彼女は動かなくなる。


 直人の顔から血の気がひき、喉は言葉をうしなった。義経を倒し、山崎を瞬殺した誾千代がこの男の前ではまったくの無力で今にも死にそうになっている。


 忠勝はトドメを刺すため、槍を構える。

 直人の体が言う事を聞かない、木刀を握る腕には感覚がない。

 忠勝は槍を振るう腕に力を込める。

 直人は本能的に誾千代と自分の死を悟る。


 なのに次の瞬間、忠勝が驚き目を見開く。直人が忠勝に向かって斬りかかっていたのだ。


 直人の体は自らの死を悟り、受け入れた、だが直人の自我がそれを許さなかった。

 ただ誾千代を守りたくて、ただ誾千代に生きて欲しくて、理性で恐怖を全て凌駕)し本能にそむいた。


 忠勝はその一撃をあえて受ける、しかし木刀では忠勝の鎧を傷つけることも出来ない。


「くっ」


 直人は悔しそうに歯を食い縛るとさらに打ち込みを続ける。


「少年よ、何を死に急ぐ、貴公の家臣(スレイヴ)は倒れた、半時(一時間)と待たずとも奴は死ぬ、さすれば貴公はこの戦いから解放され、平和な日常に……」

「死なない!」


 直人が叫ぶ。


「誾千代は死なない! 誾千代は最強だ! 誾千代はあの義経だって倒したんだ、誾千代が負けるわけないんだ!」


 直人の言葉は希望ではなく確信、直人は心から誾千代こそが最強だと信じて言い放つ。


 直人の攻撃は続く、現代の人間である直人の攻撃が忠勝にきくはずもないのに直人は自らの命を危険にさらす、木刀を握る手からは血がにじみ出している。


 誾千代はわずかに首を上げ、直人にやめるよう言うが直人はなおも攻撃を続ける。


 そのようすに忠勝は何もせず、ただ直人の姿を眺める。


 やがて口元をわずかに緩ませると直人の頭に手を置き、直人は驚き攻撃を止めた。


「……もうよい」


 忠勝は倒れた誾千代に視線を向け、わずかに微笑み言う。


「主に恵まれたな」


 視線を直人に戻し言う。


「貴公、名をなんと申す?」


 直人は突然の出来事に戸惑う。


「えっ、神弥……神弥(かみや)直人(なおと)

「そうか」


 忠勝は自分の(ロード)の方を向き、口を開いた。


「千春殿、この者達を見逃してもかまいませぬか?」


 その女性は温かく微笑み言った。


「ええ、あなたがそうしたいのなら」


 その穏やかな声を聞くと忠勝は直人に視線を戻す。


「直人よ、誾千代はいずれ今よりもさらに強くなるだろう、それまでは貴公がその者を支えるのだ、次に我々が会った時、決着をつけようぞ」


 直人は目を見開き忠勝を見る。


「忠勝……お前……」


 忠勝は踵を返し千春のもとへと戻る。


「次に会ったとき、貴公らがさらに大きく、強くなっている事を期待する、その時は拙者もさらに強くなっているだろう、それまで、必ず生き残るのだ」


 そう言い残して忠勝が千春のすぐ側まで迫った時。


「ふうん、おっさん帰るんだ……」


一人の少年の声にその場にいた四人全員が辺りを見回す。

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