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「ありえんでしょ?!」
お姉ちゃんはトレー敷かれている紙を左手でくしゃっとする。紙に印刷された若いクルーの顔がシワでいっぱいになる。玉手箱のようである。
「ありえん、というか大丈夫なの?」
「大丈夫?私のことなんて気にせんでいい」
「だって、それ、ほぼ暴力じゃん」
「私の力で、未遂に終わらせたけどね」
「別にそこを誇らんでよい」
どうやらお姉ちゃんは今日、中学で例のバットを奪われ、素振りされたらしい。愛用していたこともあって、クソガキ(お姉ちゃん供述)にバットを振るわれるのに大変腹を立てた。バットを取り返そうと乱痴気騒ぎをしていた最中、そのクソガキがお姉ちゃんに向かってバットを振り下ろそうとしたのである。
「まあ、私、そこら辺も博識だから、振り下ろす仕草にすぐ反応出来たし、バットを振り下ろすには数秒の隙が生まれることも知っていたんだよね。だから回避は余裕だったね」
そこら辺「も」??
お姉ちゃんは特筆した知識もないし、学力は至って平凡である。はず。
お姉ちゃんは顔を上げて、右手のポテトを口に落下させる。
「失敗していたらどうしてたんだよ」
「失敗してないじゃん」
「いや、そういうことじゃなくて」
「そもそも、バットは振り下ろすものじゃない」
お姉ちゃんが口を挟んできた。僕は黙ってしまう。お姉ちゃんの目は本気だった。
「バットは振り下ろすものじゃないんだよ。リーチとその遠心力を活かしてバットを遠くへ飛ばすためのものなんだよ。ていうか、まだ振り下ろすよりも、バットを槍みたいに突くほうが強いしね。よってあのクソガキは未熟。これが足りない」
お姉ちゃんは人差し指で自分の頭をつつく。
「なるほど、突いたら良いんだね」
面食らったように、お姉ちゃんの顔が一瞬くしゃっとなる。
「ちがう!ちがう、そもそもボールを打ってくれないと」
「ああそうか」
「バットでボール以外の物を打った時点で、死刑!人権はないよ」
お姉ちゃんの気迫が高まる。僕は一旦ハンバーガーを食べてお茶を濁す。
「また打ちたいなあ」
気がつけば僕の口から声が漏れていた。お姉ちゃんはさっきの気迫のまま目を輝かせた。
「お!やっぱりシンもハマってんじゃん。打ちな打ちな!私より打ったらダメだけどね!」
そうして僕たちはいつもの河川敷に行った。