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「そんなん知らんって」
「大丈夫なの?」
「大丈夫でしょ。知ったこっちゃない」
僕たちはファストフード店で期間限定のハンバーガーセットを頬張っていた。
どうやらお姉ちゃんはクラスメイトの男子から女のくせに野球をやるなんて、と今日もからかわれたそうだ。懲り懲りしていると愚痴を垂らしているが、精神的にはあまり刺さらないらしい。僕だったら結構キツいだろうから、お姉ちゃんの強靭な精神力に驚く。
「そもそもね」
お姉ちゃんはポテトを右手に持ちながら云った。
「男女なんてくだらない違いを気にしてる暇があるなら、自分の実力の違いを気にしろって」
「実力かあ」
僕はよく分からないままお姉ちゃんの言葉を繰り返す。
「うん。実力の違い。それも自らが『志したもの』の。志しすらないやつに男女の差を語れる資格は無いね。うん」
「お姉ちゃんは野球?」
「そう。私は誰にだって負けない実力をつけたい。なんとなく、それが無理だって思っても、この欲求は止まらないんだよね」
「欲求」
「『したい』って感情」
僕はただ呆然とお姉ちゃんの言うことを聞いている。なんせ内容が難しくてあまり実感として言葉がついてこない。それでもなぜか、僕はお姉ちゃんの言った言葉は覚えていた。だって、そのとき話していたお姉ちゃんはいつになく本気で、目が違うくて、ええと、その、ああ、そうだ。志していた?から。
「その欲求があれば、いいんだね」
僕はリンゴジュースを飲み、ストローを曲げては戻してを繰り返す。
「ま、まあそうだな。あとは向上心。上手く、強くなりたいって気持ち」
僕は眉を顰め、頭を人差し指でぐりぐりする。
「うーん、僕はあんまりそんなのないかな」
「そのうち見つかる。自分の気持ちで動いていたらね」
「僕は自分の気持ちで動いているのかな?」
「ふっ、それは、私には分からないな」
お姉ちゃんは微笑んでハンバーガーにかぶりついた。バランスを失ったハンバーガーからトマトだけがはみ出てくる。
「はぁ……。ハンバーガーは綺麗に食べるように出来てないよね」
「うん、もうちょっと食べやすくしてほしい」
「でもハンバーガーを綺麗に食べる人がいれば、それは偽物だよ。」
「偽物?」
「うん、本当じゃない」
お姉ちゃんがなにを言っているのか、よく分からなかった。
考える暇もなく、お姉ちゃんは「行こうか」と立ち上がった。
「あー、上手くなりたいなぁ、野球」
お姉ちゃんは僕にぎりぎり届くくらいの声量で呟く。
その日も太陽が沈むまでお姉ちゃんのバッティングを手伝った。