1
「どんとこい」
僕はよくある河川敷でボールを投げている。もう日も暮れてきている。何時間、何球投げただろうか。もう肩が限界である。断っておくが僕は野球を習っているわけではない。
今も、こうしてお姉ちゃんの特訓に付き合わされているのだ。
「どんとこいって、もうどんだけやってると思ってんの。そろそろ終わろうよ」
意気揚々とバットを構えていたお姉ちゃんは眉をひそめ、威勢よく叫ぶ。
「終わる?まだホームラン打ってないのに?!
レンも見たいでしょ?!ホームラン!」
ああだめだ。もう夢中になっている。きっと僕がこれ以上止めても無駄だろう。
靴が土で汚れている。茂っていた足場は掘り出されて、人が長らく居た跡を形成している。
「じゃあ、早く、早く見せてよ、ホームラン」
「よっしゃこい」
お姉ちゃんはヘルメットを被り直し、深呼吸をした。
僕は早く帰りたい一心で言っているのだが、どうやらお姉ちゃんは勘違いしている。僕がホームランを待ち遠しくしていると思っているみたいだ。
「ふんっ!」
僕は狙いを定めてなるべく打ちやすい球を心がける。それに呼応してその一球は絶妙な放物線を描いた。
瞬間、とても心地良い秋の風が吹き、河川敷が靡く雑草によって揺れたように見えた。
ヘルメットの陰から姉の左の口角が上がるのが見えた。
「良い」
そう呟くとお姉ちゃんの腰の入ったフルスイングが決まった。ボールは吹っ飛んでいく。子供向けアニメの悪役が空の彼方へ吹っ飛ばされるあれに似ていた。
「レン!見たか!あれがホームランだ!」
「・・・」
僕は視界から小さくなり、消えゆくボールを呆然と見ていた。空は夕焼けでとても綺麗だった。その時は何故か肩の痛みを感じなかった。
特訓といえど、お姉ちゃんも野球を経験したことがなかった。というのもお姉ちゃんはもう中学1年生で、野球にハマったのはつい最近だった。
プロ野球に没入してから呪われたようにバッティングに魅了されていった。初めの方に比べるとかなり上手くなったと思うが、それでも習い事をしている子よりは下手だった。
それに関係してだが、多分、いまお姉ちゃんは学校でハブられている。バッティングについてたいして上手くもない、異常な熱量、無邪気な性格、そして女性であるという希少性は学校で妨げられるのに充分だったと思う。
僕はその雰囲気をなんとなく感じていたが、あまり突っ込まなかった。しょうがないだろう、という気持ちと、僕があまりその深刻性を理解していなかったからだ。