共依存気味な女の子が添い寝しに行く百合のお話
この作品は前作『共依存気味な女の子が相手のことを盗聴する百合のお話』の続きとなっています。
気になる方はそちらを先に読んでいただけると幸いです。
「この辺り、気軽に遊びに行ける場所が無いのが残念ね」
『わたしは結季ちゃんと一緒なだけですっごく楽しいよ』
「……ありがと」
なんて風に、予想通り私達はあれからずっと起きていた。
話が途切れた時は少なからずあって、ずっと喋り続けていたわけじゃない。
けれど、そうして麻依と繋がっていられるだけで安らぎを感じられた。
それでも話している内に、やっぱりというべきか、どうしてもというべきか、隣に居られないことへの歯がゆさは募っていった。
こんな無機質で平ぺったいスマートフォン越しじゃなくて、生身で面と向かって話していたい。そう思うのは当然だろう。
『あっ、外明るくなってきたね』
「本当? それなら一緒に寝ない? 良ければ麻依の家で」
……何が『それなら』なのだろう。明るくなってきたとはいってもまだまだ暗いのに。
自分でも少し無理矢理な誘い方だと分かっていたけれど、一晩中溜め込んできた歯がゆさが私の背中を押した。
『いいよ。いつも通り迎えに行くね』
「ありがとう。すぐ行くから」
少し前に麻依が『私と結季ちゃんが同時に走れば、普通より二倍早く会えるんじゃない?』なんて言って、今みたいにお互いに向かい合うようになった。
麻依の家と私の家はそれほど遠くない。むしろ近い部類に入るだろう。
それでも『二倍早く会える』その言葉を思い出すだけで自然と心が逸る。
通話を続けながら適当に着替えを済ませ、それから寒さ対策のマフラーを首に巻いて、私は玄関の引き戸を開けた。
外はまだ薄暗い。けれど山の輪郭に沿って、夕焼け空とはまた違う、一日の始まりを予感させるような明るく鮮やかな橙色の空があった。
物珍しさで空を眺めていると、不意に十一月の冷えた空気を乗せた風が私の頰を刺した。
寒さは苦手だけれど、早く麻依に会いたいから立ち止まってもいられない。
私は空を眺めることを止めて、脚に力を込める。そして大地を蹴って勢い良く走り出した。冷たい空気はより鋭く突き刺してきたけれど、そんなのお構いなしに。
それから少し遅れて、スマートフォンの奥からも小気味良い足音が聞こえ始めた。
その音と共に家を出て、右に曲がり、和風と洋風が入り混じった家屋群と水の抜けた寒々しい田んぼを横目に、三つ目の交差点まで真っ直ぐ駆け抜ける。
何度も通ったその景色は、とうに飽き飽きているけれど、麻依と会える、そのことに感じる高揚は陰らない。
ゴール直前のような気持ちで三つ目の交差点を曲がると、いつも通り、こちらに走ってきている人影が見えた。
まだ遠いし、薄暗いしで、顔ははっきりと見えないけれど。
あの小さめなシルエットは間違いない、麻依だ。
麻依も気付いたみたいで、私に向かって大きく手を振って、そのまま駆け寄ってきた。
私もそのまま近づいていって、あと少しというところでようやく、麻依がにへら~とした緩い笑顔を浮かべていたことが分かった。
多分、私も似た表情をしているのだろう。
お互いに軽く息を整えて。
「おはよ、結季ちゃん」
「ええ、おはよう」
「もう盗聴しなくていいね」
麻依は手元のスマートフォンに目を向けて、そう言った。
物足りないだとか、麻依の姿が見えないだとか、早く直接会いたいだとか。
私の盗聴に対する感想は散々なものばかりだったけれど、振り返ってみればなんだかんだ楽しくはあったように思える。
そうして一抹の寂しさを感じながらも、私達は盗聴アプリの電源を切った。
「それじゃ、行きましょうか」
麻依は「うん」と小さくうなずいて、私達は手を繋ぎながら麻依の家へと歩き出した。
スマートフォン越しだと、声も形も何もかもが不確かだ。
音声は一度似たものに変換されて届いているから、麻依の声そのままじゃない。映像も解像度は落とされていて、画角も自由に動かせないから、今みたいに好きなようには映らない。
会えないよりはずっと良いけれど。それでも、この液晶の向こうに本当に麻依はいるのだろうか。なんて、それこそ不確かで有り得ないことなのに、どうしようも無く、漠然とした不安を感じてしまう。
だから、こうして麻依の隣に居られるのは、スマートフォン越しに話しているときよりも落ち着けた。
ぼーっと幸せに浸っていると、麻依が。
「まだ誰もいないね」
そう言われて始めて周りを見渡してみると、山と田んぼとごちゃごちゃした雰囲気の家屋群の、中途半端な田舎三点セットが延々と広がっているだけで、確かに人の姿は一切見えなかった。
「……本当ね。気付かなかった」
「気付いてなかったんだ……」
「私、麻依一筋だから」
と、私がそう言うと、麻依は出会った時よりも緩く、引っ張ったらスライムみたいにすごく伸びそうな笑顔を浮かべた。
「ふへへ……」
私が言った言葉で、大好きな人が笑ってくれた。こんなに嬉しいことは他にない。
私の頰も段々緩んでいくのが分かる。
「でも、こうしていると──」
そこで麻依が私の言葉を遮って。
「『この世界に二人だけしかいないみたい』でしょ?」
私が言おうとしていた言葉を、一字一句違わずに先読みして言った。
「──正解」
私が驚いている様子を見るなり、麻依は体の前でガッツポーズを作って「やった!」なんて喜んでいる。
「どうして分かったの?」
「結季ちゃんの言いそうなことだなあ、って思って。『ずっと二人だけで居られたらいいのに』なんてよく言ってるじゃん」
「……まあ、言ってるわね」
「でしょ?」
今の麻依がした先読みは、そこら辺にいるやつらには簡単に真似できないだろう。
私と麻依がずっと一緒にいたからこそ出来たことだ。
そう考えると、今の会話は私達の今までの関係の集大成、結晶のようなものに思えた。
明るく、綺麗で、暖かい。私達だけが見られる、朝焼け色をした結晶。
それなら、私も。
「麻依も何か言ってみて? 当ててみるから」
「それじゃあ……わたし達──」
こんなの間違えるわけがない。
「『ずっと一緒だよ』……でしょう?」
「うん、大正解。間違えられたらわたし泣いてたかも」
麻依は冗談めかして言ったけれど、私には半分くらいは本気だったように感じられた。
当たっていると確信してから言ったとはいえ、もしも間違えていたらと思うと……。
私は無意識の内に安堵の息を漏らしていた。
「……麻依を泣かせずに済んで良かった」
「次はもう一回わたしから……」
そこまで言うと突然の欠伸に麻依の言葉は遮られて、それにつられて私の口からも欠伸が漏れた。
「流石に眠たいね」
「早く行きましょうか」
「すぐそこまで来てるけどね」
「家同士が近くて良かった。遠かったら行く途中で寝てしまっていたかも」
「そうなったら……私も寝ようかな」
「そこはどうにか起こしてくれると助かるのだけど……」
そして家に着くと同時に、麻依の口から再び欠伸が漏れた。
「早く寝ましょう?」
「そうだね」
麻依も私もそろそろ限界で、少し足早になりながら麻依の部屋へ向かう。
そして、部屋に着くなり外着を脱いで、それか向かい合うようにしてベッドに横たわると。
「寝よっか」
「ええ、一緒に」
と、それだけ言って、一つの布団を二人で被り、両手を繋いで、お互いを感じながら私達は目を閉じた。
こうしていると一人で眠るときに感じる、一人で暗がりに放り出されるような心細さはどこにも見当たらない。
動き、体温、吐息、心音。近くで感じられるもの全てが麻依の存在を証明してくれているから。
麻依と離ればなれになることは決して無いと、そう思えたから。
だから心細さの代わりに、暖かな日溜まりに包みこまれているような、そんな心地良さを感じられた。
──ずっとこうしていたい。
そう思いながら、私達は深い眠りへと落ちていった。