5話 『チアキ』
「見ない顔だが、森から無傷で出てきて冒険者でないとは言うまい」
その女性は凛とした表情でこちらを真っ直ぐ見つめ、俺を問いただす。
冒険者か…かなり異世界っぽいな。森に入るのは冒険者くらいということか。
俺が新たな情報を整理していると、女性は問答を続ける。
「オークに気づいていたな?何故助けなかった」
さっきのはオークであっていたようで、つくづくファンタジーな世界を噛みしめる。
「えっ―――と、俺には勝てない相手なので…」
質問の意図を読めぬまま率直に返答したのだが、何かお気に召さなかったらしい。
女性は剣を抜いてこちらに向けた。
片手でビシッと決めたそのポーズもまた、格好いい。
――って、感覚が狂ってきてるな。危ないわ!
まあ剣で斬られることは無いだろうが、女性はお怒りの様だ。
「貴様それでも男かっ!冒険者たるもの、命を賭して民を守ろうとは思わんのか!!」
冒険者がどんな職業が知らないが、こういうタイプの人間は嫌いだ。
「思いませんよ。自分の命が第一です。」
素直に冒険者じゃないと言ってもいいが、冒険者じゃあない人が森に入るのがどれほどの事なのか分からない以上、危険かもしれない。
――――それに、斬られても死ぬことはないし。と、既にいつもの調子を取り戻していた。
「貴…様ッ!貴様のような人間が私は一番嫌いだ!」
「知りませんよ。貴女に嫌われたらなんなんですか」
…ちょっと調子に乗りすぎた。金髪美女が台無しな程に怒らせてしまっている。
流石にあれで斬られるのはごめんだな――と後悔もつかの間、唐突に女性は名乗った。
「私の名はレイラ・ヴァルキルっ!これでも名の通った冒険者だ…貴様のようなやつは一度畑で働いて一人一人の命の重さを知ると良いッ!除名の申請をしてやる。名を名乗れ!」
レイラさん、ね。オークを一撃で倒せるのは有名なレベル…と。
貴重な情報をたくさんくれて、なんて良い人なんだろうか。
冒険者では無いので除名は出来ないだろうが、念のために適当に偽っておくことにした。
「チアキ・フォールです。除名はやめて下さいー(棒)」
「はっ!度胸の欠片も無い男よ。せいぜい次の職でも探しておくといい」
嘲笑と侮蔑の言葉を残して、レイラさんは町へ入っていった。
しかし、異世界で生きるといえば冒険者か――と考えてもいたので、彼女が有名ならば少し不味いかもしれないな――
と、いうのは杞憂に終わりそうだ。一部始終を見ていた中年男性の門番が笑っている。
「災難だったな〜坊主!ありゃ気にすんなよ。すんげぇ強ぇが、よくお前みたいなやつを見つけては叱るってんで、少々やっかいな人なのさ」
胸と尻は上物だけどな、と門番は付け足す。
どうやら俺が冒険者でも、他者からの除名は受け付けて無いらしい。これからに支障が無かったようで大変結構です。
「さて、チアキ君。初めて見る顔だが西町に御用だな?」
西町…方角の概念があるなら、出身地についても色々考える必要がありそうだな。
はい。と俺が答えると同時に、門番は右手を掲げる。
「記録魔法『レコード』」
魔法だっ…!
門番の目の前に現れた半透明の紙に、羽ペンのような物がひとりでに動き、何かを記載していく。
「記録魔法を見るのは初めてか?便利な魔法だろ〜?坊主が来たことを記録したんだ。」
それなら魔法を使わなくても良い気はするが。
「レコード、って名前の魔法なんですか?」
魔法、まさに人間の夢じゃないか!ウキウキが顔に出てしまったかもしれない。
「あぁ、そうだ。標準詠唱は確か、【歴史を刻め、半紙に記せ。記録魔法『レコード』】だったかな?」
情報量の多い会話は疲れる。
標準詠唱、普通に唱えるって事か?じゃあさっきのは省略したって事だろうか。まいっか、聞いちゃお。
「標準詠唱ってなんですか?」
門番はギョッとして数秒固まる。
「坊主、何の魔法が…使えるんだ?」
やらかした。魔法が使えて普通の世界だった。
何も良い案が思いつかない。正直に魔法を知らないと言って大丈夫…か?
「あ、いやいい。冒険者にとって情報は命だ。言うもんじゃァねえな。すまん」
と、意外に礼儀正しいというか、門番がしっかりしていたことに驚く。
「坊主も使ったこたぁあるだろうが、魔法を使うときに唱えてるのが詠唱だ。標準詠唱ってのが基本だが、慣れてくると省略したり改変したりも出来るぜ。」
よっぽどな環境で育ったんだな、と呟いているあたり、完全に魔法が普通の世界だったようだ。
「ありがとうございました。」
「おう、悪ィ事すんじゃねえぞ〜。しっかり記録したからな。」
あ、そういえばレイラさんも魔法を使って戦っていたのだろうか?どうせなら聞いとけばよかった。