第8話 飯田定宗
1560年6月12日。14時30分。
鷲津砦では飯田定宗が命を燃やし、戦っていた。
「おらあああ」
飯田定宗は、砦の中に侵入した者を次々に倒していく。
首を跳ね、腹を斬り、足首をねじ曲げ。
だがしかし、飯田定宗の刀を、一人の男が受け止めた。
「さすがだな。飯田定宗」
「誰だ?」
「私は本多忠勝。君では到底勝てない武士だ」
「お前が武士?裏切り者が何を言ってるんだ。お前に教えてやる。本物の武士って奴を」
本多忠勝の武器は大剣。その剣の名は霊兵衛。
その剣にはとある者との絆がある。
対して飯田定宗の刀は名もなく思い出もない。
飯田定宗は本多忠勝の猛攻に耐えられなくなっていた。飯田定宗はその身に何度も刀傷を受ける。
飯田定宗は血を吐き、骨が折れようとも戦った。だが大剣の一撃が腹へと直撃し、飯田定宗は血を吐きながら吹き飛んだ。が、彼は歯をくいしばって立ち上がった。
「ま……まだあああ」
「なぜ戦う?」
飯田定宗は敗けが決まっているようなもの。だというのに、命を懸けて戦う飯田定宗に、本田忠勝は疑問を抱いていた。
「俺は武士だ。お前に本物の武士って奴を教えるまでは……まだ……まだあ」
「本物の武士か。はあ。今楽にしてやる」
本田忠勝は大剣を上に振るい上げる。
「……舐めんな。教えてやるよ……武士という者がどれほどの覚悟を背負っているか。武士という者がどれほどの仲間を背負っているか」
「ざれごとを」
「教えてやる。俺とお前の強さの差ってやつを」
「来い。弱き武士よ」
「うをおおおおおお」
大剣と刀は交じり合った。
剣片が散り、火花が周辺を暑くする。
1560年6月12日。14時50分。
信長率いる軍勢は鷲津砦に着く。そこで彼らは目にする。
飯田定宗の勇気ある背中を。
魂が燃え尽きた飯田定宗を。
「定宗。済まない」
「信長様」
飯田定宗に何十秒を目を瞑り追悼する信長を見て、秀吉は定宗から思わず視線を逸らした。
「秀吉。くまなく探せ。定宗を殺した奴を」
殺意。
それが信長の目には滞納していた。
秀吉はあまりの殺意に目を合わせられず、下を向きながら、
「いえ……信長様。既に敵は撤退しております。その証拠にこの城の外には……誰もいなかったじゃありませんか」
「そんなこと分かってる」
「えっ?」
「今すぐ敵陣に乗り込んで殺せ。そいつを」
信長の怒りは頂点にまで達した。
信長が怒れば誰も止められない。
だが周りが見えなくなってしまった信長に、秀吉は小さくため息をこぼす。
「信長様……」
「秀吉。お前……」
怒り狂った信長に、一人の少女が救いの手を差し伸べる。
「信長様。定宗様はカッコよかったです。だから……起こらないで」
砦の中で隠れていた一人の少女は、襖を開けて姿を現した。
泣きそうになりながらも、涙をこぼさぬように一切まばたきをせず、その少女は信長に抱きつく。
「お柿……。済まぬ」
お柿という少女の瞳を見て、信長の目からは殺意が消えた。
「信長様。これ」
お柿は手に持っている物を、信長へと渡した。
「これは……定宗の首飾り!」
「定宗様の……ここに……定宗様が……定宗様が……生きてるから……だから……」
今にも溢れそうな涙を堪え、お柿は信長に伝えた。
「お柿。ありがとう」
信長はお柿の頭を優しく撫でる。
お柿は泣いている。定宗は優しかった。だから定宗を失うのはひどく苦しい。皆が涙をこらえている。
だから戦いは……嫌なんだ。