第71話 本能寺
武士琉は転移した。
そこは今はなき場所であり、武士琉も周囲を見ただけではここがどこなのか理解できてはいなかった。
「ここは……?」
少なくともここは建物の中。
それ以外の情報は、何一つ解せぬであろう。いや、武士琉はここがどこなのかを悟った。
その理由として、二つの理由が挙げられる。
一つはうっすらと聞こえてくる織田信長の声が、酒を飲んでいるからかやけに楽しそうであるから。もう一つの理由として、武士琉の目の前には今まで会いたかった一人の女性ーー森蘭丸がいたから。
「本能寺?」
そう。
そこは今はなき本能寺である。
「蘭丸なのか!?」
武士琉は真っ先に駆け寄り、蘭丸へと顔を近づけた。
「俺は武士琉。覚えているか?」
「誰ですか?」
だがしかし、蘭丸は武士琉のことを忘れていた。
蘭丸は目の前の男に驚きつつも、脳内に走った電流に頭を抱える。その場へ、偶然一人の兵が駆け寄り、武士琉は拘束されて檻の中へと容れられた。
「そこで大人しくしていろ」
兵はそう威圧し、武士琉は檻の隅で静かに座り込む。
鉄でできた何の変哲もない天井を眺め、静かに無言で時を過ごしていた。その頃蘭丸は、前田利家とともに誰もいない部屋でひそひそと話をしていた。
「利家。この作戦で大丈夫かな?」
「ああ。この作戦ならば、犯人は特定されないし、それに武士琉という男を助けたいんだろ」
「うん。……でも、まだ確信はないんだ。彼が私が忘れてしまった運命の人かもしれないっていうのは」
蘭丸は記憶の中にある黒い影を辿るも、その正体には一向にしてたどり着くことはできずにいた。
一体彼は誰なのだろうか?
その疑念だけを胸に、蘭丸は空を仰ぐ。
「では明日の夜、武士琉を奪還するぞ」
「解った」
ーー1582年本能寺
本能寺の外を囲むようにして、無数の兵が列を成していた。
その中を堂々と歩いて先陣へ立つは、一人の武将。
「今ここで、魔王織田信長を討つは、我、浅井長政である」
浅井長政。
彼は剣を抜き、それを天高く上げた。それに呼応するかのように、兵たちは火の矢を構え、狙いを本能寺へと定める。
その隅で、伊勢貞宗、可児才蔵、そして明智光秀らは最後の本能寺を眺めていた。
「敵は、本能寺にあり」
浅井長政が剣を振り下ろした瞬間、無数の火の矢が本能寺へと放たれた。当然、本能寺は燃え盛る。
その火の中を好むように、浅井長政は特攻を仕掛ける。それに続き、可児才蔵、伊勢貞宗は浅井長政の背中を追いかける。
そしてその頃、織田信長はーー
ーー眠っていた。




