第19話 蛇の王
ーー1560年6月13日。1時20分。
前田利家と蛇王の戦いに決着がつくにはまだ速い。
「俺の攻撃に耐えるとは。いいぞ、バジリスク」
「相変わらず、お前呼ばわりとは頭が高い」
蛇王は腹を貫かれてもなお退けをとらない。腕を蛇の頭に変え、その腕で前田利家の左腕に噛みつく。利家はそれをくらってしまう。
「いっ。毒か?」
「よく分かったじゃねーか」
さらに蛇王の攻撃は止まらない。
背中から無数の蛇を生やし、その蛇たちで一斉に前田利家を襲う。蛇は鋭い牙で利家へと襲いかかる。だが利家は二本の刀を巧みに扱い、蛇を斬り裂く。
「前田殿」
「利家」
蘭丸と武士琉は利家を心配し、助けに入る。
「バカ、先に行け」
利家は目の前の敵に警戒しつつ、武士琉たちを先に行くよう促す。
「でも……」
「すぐ追い付いてやるからよ。それに、この敵は俺の相手だ。だから先に行ってろ」
「「分かりました」」
武士琉と御経、森蘭丸は前田利家を信頼し、今川義元の方へ全力で走る。
「行ったか。あいつらは……」
「まだ戦いは終わってないぜ」
利家は安堵するが、まだ敵は倒していない。
「なあ、蛇の王。背中の蛇どもと神経は繋がってんのか?」
「繋がってないが……どうした」
「だろうな」
「なぜ分かる?」
利家は刃こぼれがないかを確認するため刃を触りつつ、彼の質問に答えた。
「だって、斬られてることに気付いてないから」
蛇王が背中から生やした蛇は、一匹も残らず斬られていた。
蛇王は今それに気づき、利家の恐ろしさに感服する。
「なかなかやるな」
「威張ってられるのも今のうちだ。次は全力でいく」
「来いよ」
「はああああああ」
前田利家の刀と蛇王の剣の長さはほぼ同じ。つまり、勝敗は彼ら自身の実力に託された。
前田利家の刀は何度も蛇王の体をかするが、すぐに再生される。
対して前田利家の体は蛇王の斬られても、再生は出来ない。
前田利家は圧倒的に不利だ。
だが彼には経験がある。
彼はたった一人で信長を護り、たった一人で生きてきた。いわば彼は、こう呼ばれるようになった。
「一匹狼」
「どうした、いきなり」
突如発したその言葉に首をかしげつつ利家へと剣を振るう。
「俺のあだ名さ。何でも一人でこなしてきたから一匹狼だとよ」
「かわいそうだな」
蛇王はため息を吐くように言った。
「ああ。かわいそうだ。俺は本当は誰かと遊びたかった。誰かと鍛えたかった。だけどいつも一人だった。だから何でも一人でこなせるよう、努力してきた。その結果が一匹狼だ。嬉しいような、悲しいような。複雑だ」
「それがどうした。お前には私という良き敵がいるではないですか」
「ありがとな」
「だから安心して、死んでくれ」
蛇王は大地に手を触れる。
地面から無数に蛇が生えてくる。その蛇は、体を伸ばして前田利家に襲いかかる。
「だと思ったぜ。だがな、俺に勝てるわけがねー。たった一人で全てをこなしてきた俺の力、見せてやる」
前田利家は居合いの構えで集中する。
「なにしてんだ」
まだだ。
「ちっ、無視かよ。まあいい。これで終わるのだから」
まだだ。
「消えろ」
蛇が一斉に前田利家に襲いかかる。
無数の蛇は鋭い牙を輝かせ、喉の奥からの声を上げて前田利家へと襲いかかる。
「勝ったな」
蛇王はそう確信した。だが、
「今だ」
たった一瞬。それはたった一瞬だった。
まばたきすらできる間もなく、蛇王の体は粉々に刻まれた。
「前田流刀術 散桜」
「な……何が!?」
自分の体が桜の花びらのように粉々に刻まれ、蛇王は状況を理解するなどできなかった。そんな蛇王へ、利家は振り向いてこう呟いた。
「戦場では刀の速さが最も戦況を揺るがす。だからな、貴様じゃ俺には勝てないんだよ。もう少し素振りを見直せ。武士とは、地道な努力の上で成り立つ世界だよ」
ーー1560年6月13日。1時30分。
前田利家 対 蛇王
勝者 前田利家




