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同居人はお嬢様  作者: 夏川 流美
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第1話

 真っ白なクロスを贅沢に使われた、大きなテーブル。折角、綺麗な状態の保たれている暖炉は使われず、部屋は暖房で心地よく温められている。美月の向かい側に座っている俺は、香織さんお手製のグラタンを頬張っていた。美月も同じように……いや、俺よりは慎重にグラタンを頬張っている。俺は基本、自ら美月に話しかけるということがないので、話しかけられない限りは静かに食事を済ます。グラタンって作れるものなんだな、と考えながら食べていると、美月が視線は寄越さずに話しかけてきた。


「もうそろそろ、この生活にも慣れた?」

「え……っと、まあ、それなりには」

「ふーん。体調管理は自分でしなさいよ。香織が看病できる時間なんてないんだからね」


 香織さんには確かに迷惑をかけたくない。はい、と素直に返事をする。俺たちの会話はここで終わり、今度はすぐ側に立っていた香織さんに、美月は話しかけた。


「今度、学校で音楽祭があるの。それだけなら良いんだけど、練習するから朝早く学校に来いって言うのよ。なんで音楽祭なんかのためにそこまでしなくちゃいけないの!」

「あらあら、音楽祭などあるんですね。初めての音楽祭ですから、皆さん張り切っちゃうのでしょうね」

「普通、逆じゃないかしら。学校行事は、学年が上になるにつれて張り切るもんだって何かで読んだもの」


 どうやら、学校の愚痴のようだ。中学校に通う美月は、なんだかいろいろ大変そうだ。学校生活や学校行事というものに、密かに憧れを持っている俺は、耳を傾けながら最後の一口を頬張った。


 美月が食べ終わるのを待って、食器を片付けた。いつだったか、やりますよと申し出てから食後の洗い物は俺の仕事になっていた。香織さんが美月に走らされているのを横目に、洗い物を終わらせて自室に帰る。


 一人で過ごすにはいささか広すぎに感じる部屋。ベッドに腰かけてみたは良いものの、未だ慣れぬベッドのふかふかさに違和感があった。与えてくれたこの部屋も家具も服も、どれも綺麗で高級そうなものばかり。自分の身の丈にあまりにも合わないなと思い、不安にさせられる。どうして美月が選んだのは、俺だったのか。体中傷だらけで、性格も良いわけではない。どうせ金はあるくせに、そんな俺を選んだのは、やはりいつでも捨てられるように……なのだろうか。


 窓に近づき、空を見上げる。もうすっかり掠れてしまった両親のことを考える。家族で出かけた記憶はない。両親と妹はいつも楽しそうだったけど、そこに俺はいなかった。俺を売った時、両親は金を見せびらかしてきた。俺に向けてくれた、最初で最後の笑顔だった。忘れたくても、その笑顔だけは妙に脳裏にこびりついている。気がもやもやとして、息苦しくなってきた。檻の中にいないのに、檻の中にいるような気分だ。出たくても出られないこの感じ。一生誰かに縛られて生きるのだろうか。逃げて痛い目になんか遭いたくない。でも逃げ出したい。美月や香織さんだって、いつ何をきっかけに俺をストレス発散に使いだすか分からないんだ。


 コンコン、とドアがノックされる。声を絞り出して返事をすると、香織さんがドアを開けた。


「優希さん、本日も食器の片付けありがとうね。……何か、考えていたの?」

「あの……両親のことを、少しだけ」

「あまり思いつめないように。夜更かしもダメですからね」


 叱る口調なのに、優しい声色と笑顔で言い残し、部屋のドアを閉めていく。香織さんに両親の話をしたことはない。それでも深く聞いてくることがないので、ほっとする。美月もそうだが、ここの人達は詳しく知ろうとしてこない。興味がないのだろうといえばそれまでだが、無理に聞かれるより何倍も良い。


 さて、香織さんの言う通り早く寝なければ。美月が起きる前に起きていることと厳しく言われているので、万が一、寝坊してしまったら怒られる。少しでもベッドの違和感から逃れるようにして、丸まって布団を被る。冬の夜でも暖かく眠れるのはありがたいことだ。俺は、わざと頭を空っぽにして、眠りについた。





 鳥の囀りをかき消すように、目覚まし時計が鳴り響く。即座に止めて起き上がると、クローゼットから服を適当に選んで着替えた。脱いだ服を持って洗面所に行くと、空の洗濯かごに放り込んで顔を洗う。歯磨きも済ませて、食堂に向かった。


 食堂には、珍しく香織さんの姿がない。良い匂いと共に、俺の食事らしきものは用意されているが。誰もいない時に勝手に口にするのは、少し恐怖がある。そのうち帰ってくるかもしれないと、ひとまず椅子に座って待っていたら直ぐに、美月と香織さんがやって来た。


 いつも可愛くて綺麗な格好をしている美月だが、今日は一目で違う印象を受けた。真っ直ぐだった髪を高い位置でひとつに縛って、くるくると巻かれている。えんじ色を主としたワンピースと、髪の毛に結ばれたリボン。美月の後ろを付いて来ている香織さんも、普段よりにこにことして楽しそうだ。


「おはよう、ございます」


 立ち上がって一礼すると、美月は俺を見るなり険しい顔を見せた。


「今日出掛けるから、着替えてきてくれる?」


 嫌悪感を一切隠そうともせず、表情にしっかりと出して言われた。寝間着からは着替えたのに、何故また着替えなければならないのか。意図がよく分からずに呆気に取られていると、香織さんが俺の肩を押してきた。その力に身を任せて椅子に座り直す。


「お着替えはお食事の後でも良いですよね、お嬢様」


 いささか不服そうな表情で腕を組んでいるが、そんな香織さんの言葉に、美月は小さく頭を縦に動かした。その後、食事を済ませるよう促される。


 固めのパンと湯気の立つ野菜のスープ。更に、鮮やかな色をした黄身を持つハムエッグに、ミニトマトが添えてある。屋敷の中はあまり寒さを感じないとはいえ、冬の朝から温かな食べ物を口にできることが、とても有り難い。


「私もお部屋までご一緒して良いかしら」


 ぺろりと平らげると、香織さんが声をかけてきた。短い返事で承諾をする。…………美月も香織さんも、今日はどこか様子が違う。なんだか落ち着かず、変に笑っている。もしかして、俺、売られる、とか?


 不意に思ったことに、胸がずきっと痛んだ。でも同時に、納得してしまった。……あぁなんだ、もう売られるのか。美月も香織さんも、だからそんなに嬉しそうなのか。本当に売られるのか、確証は無い。だけど、どうしてもそれ以外考えられない。ここでの生活は短かったけど、人間らしい扱いをされて、嬉しかったな。思考回路が、沈んでいく。隣を歩く香織さんをわざと見ないようにして、部屋に着いた。


「私に選ばせてくれる?」

「…………はあ」


 部屋に着くなりそう聞かれたが、何を問われてるのか分からなかった。そのせいで気の抜けた返事をしてしまったが、香織さんが笑顔を輝かせてクローゼットを開けたところで、ようやく何を問われたのか理解した。

 俺、本当に、売られるのかな。香織さんは、わざわざ最後の服を選びにきたのかな。息が苦しくなる。仕方ないと思う。どうせ売られるのも覚悟していた。短い期間でも、人間として扱ってくれただけで感謝するべきだろう。だけど、だけど、だけど。


「売らないで、ください」


 俯いたまま、声に出す。あんな檻の中に戻りたくなんかない。いくら諦めていても、絶対に嫌だ。売られるくらいなら、殴られても蹴られても何をされても、ここに居させてほしい。いつ、どんな人に買われるか分からない、あんな空間はもう、嫌だ。


「俺、言われたこと何でも、する、し、どんなに酷いことされても、泣かない、から。……ここに、居させて、ください」


 声が、震える。こんなワガママ言って、いよいよ殴られそうだ。顔に付けられたタバコの跡が、何かを主張するように痛んだ気がした。売ろうとする相手に懇願するなど、初めてのこと。そしてこれが自殺行為なんだろうということは分かっていた。それでも売られたくなかった。


 重い沈黙が背中にのしかかる。静かに歩み寄ってきた香織さんのスカートの裾が、視界に入った。息が詰まる。握り締めた拳と共に、全身に力が入る。目をぎゅっと瞑った。


――頭に、手が置かれた。肩を跳ね上がらせてから、恐る恐る開いた目を香織さんと合わせた。ゆっくり、優しく頭が撫でられる。なんで、と呟く声は、掠れて出なかった。


「あのね、優希さん。確かに優希さんは、ここに来てまだ日が浅いけど、私達は家族なの。もう、何にも怯えなくていいのよ」


 真剣な表情。諭すような声色が、心の奥底からじんわり響いた。なんだかすごく安心して、解けた緊張と一緒に、涙が一粒落ちていった。


「大丈夫よ。今日行くところは、きっととても楽しいところだから。ささ、お嬢様が待っているわ。早く着替えて行ってらっしゃい」


 一転して優しい表情に戻り、洋服を押し付けられた。部屋の外で待っているわね、と言い、香織さんが出て行く。俺は涙の伝った頰を袖で拭って、腕の中の服に着替え始めた。


 香織さんが選んでくれた服は、後ろが前と比べて長くて、光に照らされると僅かに赤っぽく見える黒いジャケット。それから、長袖のワイシャツとネクタイ、動きやすい黒のズボンだった。自分で選ぶより何倍もお洒落で、こんな格好を俺なんかが似合うものかと不安になる。


 部屋を出てすぐ右に、香織さんが立っていた。俺の格好を見て、表情がこれでもかというほど明るくなる。


「思った通り、とってもお似合いだわ!」


 自信たっぷりにそう言われると、嬉しくなる。背中を押されて足早に美月のところに戻ると、どこからかカメラを持って構えてきた。美月が隣で背筋を伸ばしているので、俺も真似して、控えめに姿勢を良くしてみた。

 いきますよ、の声の後、カメラの音が聞こえる。香織さんは写真を確認して、嬉しそうに俺達のほうを向いた。


「お写真ばっちりですね! さぁさ、涼さんが門の前でお待ちです」


 どうやら、美月の専属運転手である涼さんが既に待機しているらしい。行くわよ、とでも言いたげな表情で美月に見られ、大人しく付いていく。香織さんは、きっととても楽しいところ、と言っていたが、これから何処に行くのだろうか。俺と美月の2人で出掛けること自体が初めてだ。香織さんと2人でなら、買い物に行ったことはあるけれど。


「行ってらっしゃいませ。お気を付けて」


 門の前で香織さんに見送られる。涼さんが後部座席のドアを開けて、美月が先に中に入った。その後に続いて、会釈をしてから入る。


 バックミラーの位置の調整を済ませ、車が発進した。ちらりと窓の外を見たら、手をひらひらと振っている香織さんの笑顔が見えた。すぐに景色は街並みに変わる。


「畠中、ここから何時間くらいなの?」

「そうだなぁ……早ければ1時間半くらいで着くよ」


 ふぅん、と言ってスマートフォンを弄りだした美月。俺は手持ち無沙汰で、仕方なく移り変わる窓の外をじっと眺めた。





 目的地の場所から、徒歩2分ほど離れた所で車を降りた。帰るときには美月から涼さんに電話をするらしい。涼さんと別れて、2人で並んで歩く。すぐ目に付いたのは、巨大で丸い形の建物で……工事現場?


 工事現場にしては、色とりどりのような気がする。意図を伺うつもりで美月に顔を向けると、心なしか、楽しそうな笑みを浮かべているように思えた。


 結局、行き先の名前も意図も聞けないまま、大きな建物がいくつも並ぶところの、入口にまでやってきた。俺達の他にも、周囲には大勢の人々がいる。その中を、美月は迷いなく進んでいった。遅れないように、慌てて足を動かした。


 ゲートまで行くと、美月は一瞬だけ俺の方を見てから、側で姿勢良く立っている大人の女性に、紙切れを2枚渡した。その女性は紙を受け取ると、短くて細長いベルトのようなものを俺にくれる。前を行く美月を見ると、左手首にベルトを巻いていた。真似をして付けたところで、美月が口を開く。


「ねぇ、なに乗る? 優希はジェットコースターとか平気?」

「ジェット、コースター? そもそも……ここは、どこ? 俺達は何をしにきたの?」

「はあ? …………ここは、遊園地ってところ。で、ジェットコースターっていうのは、あれ」


 ゆうえんち。妹がいつか話していて聞いたことはあったけど、ここがそうだとは思わなかった。妹が両親に隠れて、こっそりとお土産のお菓子をくれた思い出がある。遊園地というのは、なんて広大で、賑やかなのだろう。

 美月の指が示す方向を見ると、高低差のある線路のような物が広がっていた。その上を走る長細い乗り物。その乗り物が激しく動くことに合わせて、人々の悲鳴が聞こえてきた。見たことのない速さと音、それに重なる悲鳴に戦慄する。あれがジェットコースター……。


「物は試し。 早速乗るわよ!」


 腕を思いきり引っ張られた。ジェットコースターを目指して、人混みの中を真っ直ぐに突き進む。目の前まで来ると、乗り場らしいところからは何十人と列を作っていた。最後尾に並ぶと、ジェットコースターの動く音が、さっきの何倍も大きく耳にできた。


 いつの間に手にしていたのか、美月が遊園地内のマップを隣で開く。俺に対して、次はここに行きたい、とか、どこでご飯を食べる、とか話しかけてくる。覗き込んだマップには、いろんな乗り物と、あちこちにある店の紹介が載っていた。どれも遊び方が全く想像のできないものだった。




 他に寄る乗り物について真剣に考えているうちに、俺達が乗る順番は、案外あっという間にきた。愛想の良い男性に案内されて、前から2番目に乗り込む。


「お荷物は足元に置いて、鞄の紐を足に通して下さいね。あ、あとお姉さん。頭のリボン、飛んでしまうかもしれないので、手に持つか、鞄にしまっておくと良いですよ〜」


 男性の言う通りに、美月がリボンを取る。すると、鞄にしまわず、俺に渡してきた。


「これ持ってて。飛ばさないでよね」


 心配なら鞄に入れた方が安心だと思うけど、それは口に出さずに、しっかりとリボンを握る。


 頭上から、身体を固定するための物が下りてきた。身体が動かせなくなったことに、美月は多少困惑していたが、即座に慣れたようだった。抑えきれない、といった様子で、口角を上げて足先をパタパタとしている。暫くこのまま待っていると、電話のような音が高く鳴り響いた。


「それでは、ジェットコースター鷹、発車致します。いってらっしゃーい!」


 屈託のない笑顔で、男性が両手を振って見送ってくれる。乗り物はゆっくり前に進み出し、既に落ちそうなほどに急な坂を登り出した。全身が強張ったのが分かる。遊園地はどんどんと離れていき、どんどんと空が近くなっていく。


 坂を登り終えて束の間の休息を挟むと、乗り物は徐に傾き…………急降下した。隣からのとんでもない悲鳴を耳にし、出そうになった叫び声を思わず飲み込んでしまう俺。宙に浮く感覚で、胃の内容物も吐きそうになりながら、どうにか堪えた。ジェットコースターが停止した。


 降りると、足が小刻みに震えて、力がうまく入らない。頭もくらくらと目眩がした。その場にへたり込みそうなのを、街灯を掴んで堪える。


「はぁー。怖かったけど、なんかスッキリした気分! ……って、優希は大丈夫なの?」

「う、ん。大丈夫……」


 曖昧に笑って答える。美月が楽しんでいるのに、俺の弱さのせいで水を差してしまうわけにはいかない。だがそんな思いは虚しく、手を引かれて近くのベンチに座らせられた。


 座ったことで多少、力が抜ける。ジェットコースターって、あんなに凶暴な乗り物だったのか。美月に求められたら再び乗るしかないだろうけど、俺としては正直もう二度と乗りたくない。


 込み上げる吐き気と戦っていると、そういえば美月の姿が無くなっていた。もしかして、俺が貧弱だからと見切りをつけたのか。周囲を見回しても美月の姿は無い。もう迎えに来てくれないかも。そう思ったらぞっとして、探しに行くつもりで立ち上がった時だった。


「まだ座ってなよ」


 横から声がして、そちらに目を向ける。美月がソフトクリームを両手に持って立っていた。美月がベンチに座ったことに安堵して、隣に腰掛けた。差し出されたソフトクリームを受け取ろうとして、俺はまだ、リボンを返していないことに気がつく。


「ごめん。リボン、まだ持ってた」

「あぁ、大丈夫。これ食べたら着けてよ」


 素直に頷いて、リボンは一旦膝の上に置いた。渡されたソフトクリームは、雪のように白くて、形が整っていた。


「私の奢りなんだからね」


 そう言われて、素直に一言お礼を伝える。そもそも一文無しの俺は、一切お金を出した事がないが。美月は満足そうにソフトクリームを舐め始めた。


 俺も、おずおずとソフトクリームを口にする。すると、濃厚なミルクの甘さが口内に広がった。アイスを食べるのは初めてではなかったが、こんなに優しくて甘い味をしていただろうか。お互い、夢中になって食べていると、ソフトクリームは程なくして無くなった。


「気分は?」

「随分良くなったよ、ごめん。リボン付けようか」

「うん、お願い」


 コーンの部分を、次第次第に齧っている美月の後ろに立ち、手にしたリボンを結ぶ。美月が最初に着けていたときよりも、不恰好なリボンになってしまった。美月はそんなこと気にしていない様子で、食べ終わると即座にマップを開いた。




 次に乗るのは、メリーゴーランドという名前の乗り物らしい。見たところ、ジェットコースターとは大いに違って、動きがのんびりしている。お洒落な装飾を身に纏った馬や豚と、玉座のようなものが上下に動いて回っていた。これは並ぶことなく、すぐに順番がきた。


 子供達が乗る物を選びに、一斉に走り出す。その中に、美月もいた。俺は一番近くにあった馬に跨って、始まりを待つ。乗りたい物を探して、ずっとぐるぐる歩いていた美月は、他人全員が選び終えてから、漸く俺の隣の馬に乗った。


 子供番組で流れているような、流れていないような。お気楽そうな音楽が始まって、馬や豚、玉座は慎重に回り出す。ある程度離れたところで、子供達の親がカメラを構えていた。決して俺に向けているわけではないと分かっていても、恥ずかしくなってくる。何より、メリーゴーランドで遊んでいるのは、幼い子供だけなのだ。場違いなような気がして、顔が熱くなった。


 美月は周りの環境など御構いなしに、満面の笑みを浮かべていた。楽しそうで良かった。どうしてかいつもより、無邪気で子供っぽく見える。美月も、まだ俺と同じくらいの子供なんだと思えて、少しだけ親近感が湧いた。


 それから何周かして、段々とスピードが緩やかになってくると止まった。馬から降りて美月の様子を伺うと、未だに笑顔を保っていた。そして俺と目を合わせるなり、俺の後方に元気よく指を指す。


「次はあの、空中ブランコに行くわよ!」





「足元お気をつけて、お乗りください」


 俺が先に乗り込んで、美月に手を貸す。軽く動くだけで思ったより大きく揺れるので、静かに乗り物内の椅子に座った。


「それでは、約13分間の空の旅へ、行ってらっしゃーい」


 ショートヘアの女性が見送ってくれる。空はもう暗く、遊園地は煌びやかに、ひとつひとつの乗り物が光っていた。美月と十数個の乗り物を巡り、昼食や買い物を済ませ、そろそろ帰る時間だった。俺達は最後に、観覧車に乗っている。


 小さくなっていく遊園地と、見えてくる遠くの街の灯りを眺める。はしゃいでいた時とは打って変わって、美月の口数は減っていた。対峙する美月の視線は、景色じゃなくて、何処か全く違うところのような気がする。静寂と沈黙が境目を無くして混じり合う。


「……夢だったの。誰かと、遊園地に来ること」


 突如、美月は表情を変えないまま呟いた。それは、俺に聞かせるようでいて、独り言のようでもあった。


「私のパパは、私が友達と行くなら喜んで許してくれる。お金だって幾らでも出すと言ってくれたわ」


「…………でも、一緒に行こうとは言ってくれなかった、から」


 俺は相槌を打たなかった。まるで聞いてない風に、景色を黙って凝視する。相槌は、打てなかったのかもしれない。口にする言葉が何も浮かばなくて、なんとなく聞いているだけのような気もした。


 それから、美月も口を閉じてしまった。手が届きそうな程に近付いた月は、ものの数分で遠ざかっていき、煌びやかな遊園地の元へとまた帰ってきた。最初に見送ってくれた女性がドアを開けてくれる。小さく会釈をして降りると、美月に手を差し伸べた。


 美月が涼さんに電話をかけている間、その場から見える限りの遊園地の情景を眺めいる。イルミネーションで、木や道までもが鮮やかに光って、昼間とは雰囲気が全く違う。初めて来たけれど、ここはとても綺麗な場所だと思うし、言葉に上手く出来ないくらいに楽しかった。


「降ろした場所にすぐ来るっていうから、向かうわよ」


 そう言って、スタスタと先に行ってしまう美月を追いかけて遊園地を出た。確かに、降ろしてくれた場所と同じ位置に車があった。俺はそこで何となく、まるで観覧車の中で何も言えなかったお詫びのように、話しかけた。


「俺も……遊園地来たことなかったから、来られて良かった。…………楽しかった」


 振り向いた美月は一瞬、驚いた顔をした後、珍しく柔らかな笑顔になった。


「私も。楽しかったわ」


 涼さんが車のドアを開けてくれて、また乗り込む。あんなに輝いていた遊園地は、嘘のように見えなくなった。


「お嬢、遊園地はどうだった?」

「結構楽しめたわよ。ジェットコースターも乗ったけど、なかなかスリルがあったわ」

「おっ。お嬢はジェットコースターいけるんだな」


 余韻に浸っているのか饒舌な美月と、話を聞いて楽しそうに相槌を打つ涼さん。車の揺れが心地よい。温かい空気が安心する。そんな2人の声を聞きながら、俺は気付けば眠ってしまっていた。

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