謎の美少女、来たる。
夜中十時ごろ、インターホンが鳴った。
「はあい。」
なんだろう?宅配でも来たのかな…?オレは間の抜けた声を出して、玄関モニターに近づいた。通話ボタンを押すと、画面の向こう側に二十代前半くらいの年の可愛らしい女の子が立っていた。
「あの、、、えっと、、、お姉さんの紹介で来ました!アカリといいます。今日から奥さんとして一緒に生活することになります。なにとぞ、よろしくお願いします!!」
そう言って、彼女は深々と頭を下げた。それからうつむき加減に顔を真っ赤にして、オレからの返事を待っている。
あっ!!オレは思い出した。その顔にはたしかに見覚えがあった。
姉の友達の妹さんに、オレのことが大好きな女の子がいた。あのころは毎日のように家に遊びに来て、オレと結婚する!!ってずっと言ってたっけ。十年も前の話だ。でもあのとき十歳くらいだから、今だとちょうどこれくらいの年齢のはずだが…。もしかしてオレがずっと大好きで、長い年月を経て会いに来てくれたのか…。
いやそんなわけないじゃん!!だれだよ、このひと!!
「ごめんなさい。たぶん人違いだと思うので、ほか当たってください。」
オレは冷静にそう答えて、モニターを切った。ああ、怖かった。
リビングに戻ろうとすると、またインターホンが鳴った。
うん。スルーしておこう。
無視していると、すごい勢いでチャイムが鳴り続ける。たぶん一秒間に十回くらい。いや高橋名人ですか。
オレは我慢できなくなり、また通話ボタンを押した。あんまりしつこいようなら、警察沙汰にするしかないな。そう思いながら見ると、画面の向こう側の女の子は泣きそうな顔で訴えかけてくる。
「あの、どうか信じてください!お姉さんに、あなたの住所はここだって聞いたんです。わたし今晩泊まるところないんです…。最悪信じてくれなくてもいいですから、ドアを開けてください。」
涙目の女の子を見て、さすがにかわいそうだなと思った。話を聞いて、少しでも怪しいところがあれば110番通報しよう。そう固く心に決めて、オレは彼女に質問した。
「姉の紹介で来たって言ってましたけど、名前わかります?」
「早坂アヤさんです。」
うーん、合っている。
「もしかして、オレの名前わかる?」
「存じています。早坂ユウキさんですよね?」
不安げにこちらを見つめながら、オレの名前を叫んでいる。うーん、なぜかオレと姉の名前を知っている。正直いうとあまりにもみじめな顔をしているので、今すぐにでも開けてあげたいくらいなんだが…。そこをぐっと我慢して、オレは姉に電話をした。
「姉ちゃん、オレなんだけどいま玄関先に知らない女の子が来ていて。」
「おお、わが童貞ブラザー!!ひさしぶり!!わたしからの誕生日プレゼント受け取ったか?」
誕生日…?オレは壁に貼ってあるカレンダーを見た。今まで気がつかなかったが、確かに今日は二十七回目のオレの誕生日だった。
「プレゼント…?何の話…??」
「またまたあ。しらばっくれちゃって。もうお楽しみなんでしょ?まったく、童貞だからってがっついちゃだめよ。やさしくしなさいよ。それじゃわたしオジャマだろうから切るわね…。」
「ちょっとちょっと、全然話がわからないんだけど、プレゼントってなんだよ!!」
「え~。まだ着いてないのかな?ちゃんと今日中には行くつもりって言ってたんだけど…。ちょっとあの子おっちょこちょいなのよね…?」
あの子…??オレは画面越しに正体不明の美少女をながめた。まさかプレゼントって…?
「もしかして、プレゼントっていまオレの家の前に来ている謎の超絶美少女のことか?」
「おっ。なんだアカリちゃん着いているのね。よかった。もういろいろ聞いたでしょ?」
「いや、彼女からは何も聞いてないんだけど。姉ちゃんあんまり若い子だますなよ。どうせオレがイケメンだとかなんとか言ってたぶらかしたんだろう。今日は泊めてあげるけど、明日には帰ってもらうように言うからな。」
姉ちゃんはめちゃくちゃ頭がいい。女の子の一人や二人、だますのも簡単だろう。
「いやいや、いくらわたしが天才だからってそんなあくどいマネしないわ。あんたホントバカよねえ。だいたいどういうことかわかるでしょ?仕方ないわね…。あの子口下手だからわたしの方から話すか…。
あんた童貞で彼女もいなさそうだし、実際さびしいでしょ??だからわたし、あんたのお嫁さん作ったんだよね。あんた好みの見た目にするのけっこう大変だったんだから、感謝しなさいよね!!」
女の子を作った…??一体どういうことだ…??このとき姉ちゃんが世界的に有名なロボット研究者であることをオレはようやく思い出した。まさか美少女ロボットをつくったとでもいうのか。
「もしかして…この子、ロボットなの?」
「そうよ。希代の大天才であられる、発明家アヤちゃんがつくったメイドロボ第一号よ。すごいでしょ、すごいでしょ。人間だとおもうでしょ?AIの自己学習機能に、SHとよばれる新しい機能を追加。これによって、人間と同様の心を持つようになったわ。それから、人間の肌を完全に再現した柔らかい皮膚と柔らかい関節。最先端の科学技術を駆使してより人間らしい動きができるようになったわ。それから…」
プチッ。オレは通話を強制終了して携帯電話の電源を切った。いやいや、そんなこと言われて信じるわけないだろ。だいたい百歩ゆずってロボットだとしても、なんでオレの嫁にしようと思うかな…。
「あの、わたし入らせてもらえるのでしょうか…??」
画面越しに可愛らしい少女が突っ立っている。まあ、この子の正体がなんであれ姉の知り合いである以上は一晩泊めさせてあげよう。
「すまない。確認を取るのに時間がかかってしまったよ。今日はもう夜遅いし、うちで一晩泊まっていきな。」
玄関のドアを開くと、メイドコスプレをした女の子がおずおずと中に入ってきた。黒いワンピースドレスの上にフリルの付いた白いエプロンを身にまとい、頭にはご丁寧に白いカチューシャを付けている。
先ほどはあまりにも気が動転していたため彼女の身なりなど見ている余裕もなかったが、こんないかがわしい服装をしていたようだ…。すごく似合っていて可愛いけども…。
いやいや、こんな格好をさせて家まで訪問させたあげく、押しかけ女房みたいなセリフまで吐かせるって、姉はどういう神経してんだよ。だまされたこの子がめっちゃかわいそうだわ。
いや待てよ…。だまされてるのはオレのほうか…?オレは口に手を当てて考えた。今までの流れは全部茶番。実は壮大な姉による誕生日ドッキリ。これならさっきの姉の信じられない言葉も、この子の変に素人くさい演技も納得がいく。
なるほど!これはしてやられた!意地悪な姉ならやりそうなことだ。ドッキリにちがいない。
「あ、あの、、、今日から妻としてがんばるので、よろしくお願いします!」
礼儀正しくお辞儀をする彼女に対して、オレは微笑んで答えた。
「いいよ、いいよ。そういう演技は。もう十分面白かったでしょ?頼むから終わりにしてくれよ。ほら。あの決まり文句言っちゃいなよ。」
オレは『ドッキリ大成功!』の言葉を待っていた。いやむしろ、そういう言葉が来ることを願った。
「え、えーと。すいません。何を言えばいいのかわかりません…。」
「いいから、いいから。そういうの。もう満足でしょ?」
「え、えーと、すみません!!本当にわかんないです!!わたしまだ生まれてから日数経ってなくて。いっぱい勉強しているんですけど決まり文句とかわかんないんです。ごめんなさい!!」
いやめちゃくちゃ謝っちゃったよ。ドッキリじゃないんかい。変に勘ぐってた自分がすごい恥ずかしいわ。