異世界召喚失敗にある特異点
地球文明も負けていない! はず!
「おい、修也。この後ゲーセン行こうぜっ」
「健太はゲーセン好きだよな。偶には他の事しねぇ?」
一日の授業を全て終えて、帰りのHR待ちの僅かな時間で友達との交流は欠かせない。帰宅部の身としてはこの後の予定は非常に重要だ。俺と同じように帰宅部の友人である健太と毎日のように放課後は遊びまわっている。小学生の頃から鍵っ子である俺には毎日一緒に遊んでいる健太は家族以上の存在で、その付き合いは十年以上続いている。
「よーし、HRを始めるぞー」
担任の一声に、騒がしかった教室に一瞬の制寂が訪れる。だが、それも一瞬の事、各自が席へと移動しながらも、放課後の過ごし方を考えているのか浮足立つ雰囲気は消しきれない。
「しゃーねぇ、また後でな!」
「おうっ」
普段よりも少し早めに教室へとやって来た担任によって今日の予定を決めるのは一時中断する事になった。普段時間にルーズな担任としては珍しい五分前行動に驚きも覚えるも、まだ二十代にも拘らず年齢よりも五つは老けて見えるそのやる気のない顔を見ると先程の関心も失せてしまう。
「おーし、みんな席に着いたなー。今日は沢山連絡事項があるから確り聞けよー」
こうして担任のやる気を感じられない声と共に普段通りのHRが始まった。ただ、担任が珍しく速く教室に来たのが原因なのか、それ以外の何かが要因なのか、この日のHRは普段とは違ったものとなった。
「うわっ、なんだこれ!?」
最初に気が付いたのは誰だっただろうか?
少なくとも俺では無い事だけは確かだ。放課後何をするかをボンヤリと担任の顔を見ながら考えていると、突然教室の中が騒がしくなった。
最初に騒ぎ出した者に周囲の視線は集まったが、直ぐにそれは次に起こった異変へと皆の注目は変わって行った。
「きゃっ、何よコレ!?」
「うわっ、床が光ってるっ!」
「えっ? ちょ、ちょ、ちょっ、なになになに!?」
「こっこれは魔法陣でゴザル!?」
「マジかよ!? 教員生活七年目にして異世界召喚か!?」
「異世界召喚キター!! 俺の時代キター!!」
教室の中は一瞬にして騒がしくなった。俺も突然床に眩い魔法陣が輝きだした事には驚きが隠せないが、騒ぎの中で聞こえた担任の言葉にも驚いた。いい歳した大人が異世界召喚なんて騒いでいて大丈夫かよ。
いや、それよりも今はこの異常事態だ。
正直、突然教室に召喚の魔法陣が現れた事には驚いたが、床に現れた召喚陣を見たのはこれが初めてではない。いや、召喚陣のような実用性の低い陣は滅多に見る事は無いが、俺が普段見慣れている魔法陣と同じ言語で構成されたそれが召喚魔法を用いる時の陣である事は分かる。
このまま既定の時間召喚陣の上に居れば、それは召喚先への承諾とみなされてこの教室に居る全員が何処ともわからない場所へと召喚される事となるだろう。
「面倒な事になったな」
俺は思わず誰にも聞こえない小さな声で愚痴をこぼす。普段全国区のニュースにはならないが、地方新聞の片隅には稀に集団失踪の記事が載ることが有る。この召喚はそういった事件の理由の一つだったりするのだが、基本的に魔法と言うものが世界的に認知されていないこの世界では、神隠しなどと言われて解決不可能の事件として処理される事が殆どだ。
俺がそんな事を考えているうちに魔法陣から放たれている白い光は次第に強くなり教室の中は光で溢れ出す。
このままではクラス全員で召喚されるかと言うところで、突然溢れ出す光が突然赤い色へと変わった。
——よっしゃっ! キタ!
この赤い光は召喚拒否の証、教室が騒がしくなった段階で緊急時に備えて自らの魔力炉に火を入れて最大限魔力を高めた事で召喚主よりも上位に立つ事が出来た。
本来、召喚魔法にはかなり厳しい制約が施されている。その為、普通に人間を召喚するなどまず不可能なのだが、それを大掛かりな儀式を用いる事で可能とすることは出来る。
だが、大掛かりな儀式を用いても召喚魔法の前提条件は崩れない。その条件とは、“召喚主よりも下位の存在であること”である。その為、俺は自らの存在を高めるために長い修行と儀式によって身に着ける魔力炉を用いて召喚主よりも上位の存在へと自らを書き換えたのだ。
その証拠がこの魔法陣から放たれる赤い光なのである。召喚陣にはセーフティーとして光の度合いで召喚対象の存在の強度が分かる。そこには厳密な区分けが有るが、今は魔法陣が展開された当初の白い光であれば召喚主の存在が主体となって召喚が行われるが、赤い光になるとその主体が逆転し、召喚の拒否権が生まれる。
勿論俺は相手よりも上位になった時点で召喚を拒否した。すると——
「あぁ、召喚に成功しました。みなさん……あれ? ここ何処?」
光は突然収束し、教室の中には突然見知らぬ格好をした人が現れた。
その数なんと八人。
そして、その中でも特に異色を放つのが、金髪縦ロールで正に王女様と言えるようなドレスを纏った俺達と同年代の少女だ。正しく美少女と言えるような美しさだが、自分達が予想していた状況と違う事に放心しているのか少し間抜けな顔を晒している。
それに他に現れた者達も大なり小なり突然の事態に放心していたが、頭に王冠を乗せた男性が直ぐに我を取り戻した。
「お、おい。何が起こった!?」
「……はっ!? おそらく召喚は失敗したのかと……」
王冠を乗せた男が部下であろう男に真っ先に確認をするが、聞かれた本人も状況が理解しきれていないのか曖昧な答えを返す。
だが、それ以上に状況に追いつけていないのは当然この教室に居たクラスのメンバーだ。
王冠男と王女様風縦ロール、そして怪しいローブを纏った男が計六人。この八人が突然教室の中に現れたのだ。先程まで騒がしくしていたクラスメイト達はその不審者達に目が釘付けだ。まあ、男子の視線の殆どは王女様風縦ロールに注がれているのだが、それでも先程まで異世界召喚だの騒いでいた者達まで突然の事で動けないでいる。
「あー、えっと、お宅ら何方様かな?」
そんな不審者達が騒いでいる中、最初に声を掛けたのは担任教師であった。流石に普段のやる気のない顔は引っ込み、不審者に怪訝な視線を向ける。先程まで異世界転移だと騒いでいた者とは思えない切り替えだ。
「きっ、貴様! そのような高い処から陛下に話しかけるなど礼儀を知れ!!」
担任の言葉に最初に反応を示したのは怪しいローブを着た男達の中の一人だった。一応言っておくと、怪しいローブ達も、一人は他よりも豪華な刺繍が施されたローブを纏った者とそれ以外の華美な装飾のないローブを纏った者で別れるのだが、口を開いたのはそれ以外に所属する男だった。こいつをモブ1と名付ける。
「えっ……そう言われても……」
因みにここは教室の中なので、教壇がある場所は一段高くなっている。そして、突然教室の中に現れた不審者達は魔法陣の中心に近い場所の空いたところに現れたので、ほぼ教室の真ん中に居る。その為、HRの途中であった担任は教壇に立っているので他の者達よりも一段高い処に居るのだ。
そんな理不尽とも言える言葉に担任は、呆れ半分、疑心半分といった顔を向ける。
それよりも先程から不審者達に囲まれて身を小さくしているクラス最小の男の娘である真中君が小動物のように震えているのが気になってしょうがない。誰か助けてやれよ。
「この方を何方と心得る! 誉れ高きブリッシュナ王国の国王であらせられるハルドシア・ブリッシュナ陛下であるぞ!!」
モブ1の突然の紹介にも王冠男は動じる事も無く堂々とした態度で胸を張っているが、如何せんここは教室の中なので威厳よりも場違い感の方が先を行く。
民主主義国家で生きる俺達からしたら王権の威厳と言うものも今一理解できないのもあって、教室の中には何とも言えない微妙な沈黙が流れた。
それを何を勘違いしたのかモブ1は俺達が権威に慄いたと勘違いしたのか得意げな顔をするが、他の者達は小さな機微にも敏感なようで、モブ1を除いたメンバーで小声で何かを相談しだした。
いや、だから真中君を挟んで相談するのは止めてやってくれってっ!
「あー、それでブリッ……なんとかさん達はどうして突然現れたので……?」
「きっ、貴様―!! まだその立場を理解出来ぬか!!」
話の進まない不審者達に再び担任が声を掛けるが、それが気に入らなかったのか再びモブ1は激昂した。
うん、まあ今のは担任も悪いと思う。
「もはや看過できぬ! その身をもって罪を償え! 【ファイヤーボール】」
担任の態度に怒りが我慢の限界を迎えたのか、モブ1は担任に右の掌を向けて魔法の発動キーとなる言葉を唱える。
一応説明しておくと、魔法とは世界に溢れるマナを利用して本来発生しない現象を引き起こす事を指す。簡単な物であればマナを集めて魔法の発動キーを唱えるだけでも現象を起こせるし、召喚魔法のように魔法陣を用いる大掛かりな物まで様々な体系がある。
先程モブ1が使った魔法はおそらく初歩の初歩で使える火の玉を打ち出す魔法だろう。それでも人一人を殺すだけの力は有るのだが——。
「「「……」」」
教室の中に再び静寂が訪れる。
モブ1は右手を前に突き出しながら得意げな顔をかまして魔法の発動キーを唱えたが、当然何も起こる事は無く、周囲の視線を集めるだけとなった。
「痛い……痛い痛い、アイタタタタ、痛すぎるでゴザル」
そして、その姿に我慢が出来なくなったのかゴザル君が自らの身体を抱きしめながら悶えだした。
確かに何も知らない者からしたらモブ1の行動は痛々しい物に写ったであろう。モブ1の見た目年齢は三十代後半、それが中二——怪しいローブを纏って声高らかにファイヤーボールと唱えるのだ。それが第三者からどの様に写るのか推して知るべしだ。
クラスメイトの中には鳥肌が立って腕をさすっている者や、腹を抱えて笑う者、そしてこの奇妙な不審者を面白がってSNSに投稿する者など様々だ。きっとこの後この案件を処理する人達の仕事が今盛大に増えただろう。
「くっ、くそっ! 何故だ! 【ファイヤーボール】【ファイヤーボール】あああああああ【ファイヤーボール】」
モブ1は必死に腕を振りながら魔法の発動キーを唱えるものの、魔法が発動される事は無い。
その姿に更にクラスメイト達は面白がり、モブ1は完全に道化と化している。だが、面白がっているのはクラスメイトだけで、モブ1の仲間である不審者達は神妙な顔をして再び小声で話し出した。そして真中君は自らのキャパを超えてしまったのか真顔で座っている。
さて、何故モブ1が痛い中二病を発症してしまったかと言えば当然理由がある。それはモブ1が元々中二病だった——訳では無く、この世界のマナの有り方が彼らの世界の者とは違うのであろう。
地球では化学の発展と共に魔法と言うものは姿を消していった。しかし、その最大の理由は魔法を発動する上で欠かせないマナが非常に希薄であった為に表舞台から消えて行ったと言われている。
だが、その血脈は裏の世界では途絶えることなく受け継がれていった。世界に散らばるマナが希薄で使えないのであればそれに代わる物を使用したり、特定の方法でマナを生み出すシステムを作り出す事で現代に至るまでその命脈を生きながらえさせている。
そんな魔法を使える数少ない現代人である俺だからこそモブ1事情も少なからず理解できる。きっと彼らの世界ではマナが豊富で、何の苦も無く魔法を発動する事が出来るのであろう。だからこそ普段通りに魔法を使おうとすればこのマナの希薄な地球では魔法の発動に必要なマナを確保する事が出来ずに不発に終わっているのだ。
「何故だ!? 何故魔法が使えない!」
モブ1は【ファイヤーボール】意外にも様々な魔法の発動キーを唱えるが、どれ一つとして魔法が発動する事は無い。
確か異世界の国家体系の中には宮廷魔導士と言われる魔法のスペシャリストが居ると聞く。不審者の中に居るブリッ……王冠男や王女風縦ロール、それにローブの男達から察するにモブ1もそれに類似した立場なのかもしれない。
そうであれば彼らにとって魔法とは自分の得意分野であるはずだ。それが初歩の初歩である【ファイヤーボール】ですら発動できないとなれば死活問題であろう。モブ1がヒステリックに喚いているのも理解できなくはないが、どうあがこうとも彼らには魔法は使えないだろう。
「こりゃ警察に連絡しないと駄目か……?」
流石にこの状況に普段やる気のない担任でも爪の先程の使命感でも生まれたのか行動を起こそうとした時、突然教室のドアが開かれた。
「失礼します。こちらに不審人物が現れたと報告を受けて参りました」
ドアを開けて入って来たのは、真黒なスーツに身を包んで目元を濃いサングラスで隠した体格の良い男達であった。
それらは一目で判断するならSPであろう。
日本人離れした体躯の黒スーツの男達がゾロゾロと教室の中に雪崩れ込んできた。この突然の乱入者に、先程まで騒いでいたクラスメイト達も何事かと押し黙り、最も騒いでいたモブ1すらもその男達を警戒したのか右の掌を向けながらも様子を窺っている。
そして、その黒スーツの男達の代表者らしき者が教室をぐるりと眺めると、一瞬俺と視線が合わさったが、直ぐに興味は不審者達に向かったのか口を開いた。
「ふむ、連絡にあった不審者とは君達の事だな。私は日本政府より派遣された者だ。君達の状況はある程度理解している。悪いようにはしないので大人しく我々に付いて来て頂きたい」
その男の言葉はお願いをしているようで有無を言わせない迫力があった。こうなると狂犬のようなモブ1が騒ぎ出しそうだが——。
「きっ、きさ——うぐっ」
騒ぎ出そうとしたモブ1に躊躇の無い一撃を見舞って瞬時に黙らせた。
その余りに余りな強硬姿勢に、不審者達含めクラスメイト達も唖然とするが、黒スーツの男達は素早く不審者に近寄ると有無を言わせず教室から引っ張り出していった。
「迅速な不審者の確保にご協力感謝する」
そして最後に黒スーツの男達の代表が一言残して去って行った。
去り際に再び視線が合わさったが、それ以上何も口にすることなく黒スーツの男は消えた。正に早業と言える手際の捕り物に誰もが動けずにいた。
実は彼らを呼んだのは俺だったりする。不審者達が現れた段階で素早くメールを送信し、通話状態で教室内の会話を外部へと送信していたのだ。
彼らは魔法関係の事件に対処する為の組織の人間で、俺もその下部組織に所属している一人だったりする。彼は日本政府から派遣されたと言ったが、実際の処魔法関係の事件に対処する能力のない日本政府に依頼された外部組織だ。
魔法が関わっている事件への対処全般に、今回のような何等かの理由で異世界からやって来た人間の対処も任されており、これらの組織に所属する者は発見次第報告する義務があり、また組織も素早く対処できるように常に備えている。
俺が連絡してモブ1が騒いでいる間に到着するくらいこの組織網は確り構築されており、日夜魔法が表の世界に再び浮き上がらないように監視しているのだ。
「あいつら何だったんだ?……てかスーツの人たちは何?」
誰かが沈黙に耐え切れずに誰もが抱いているであろう気持ちを口にするが、それを答えられる者はこの場には居ない。俺にも守秘義務があるので話すわけにはいかないのだ。
その後、教室は喧騒に包まれたが、随分と時間を費やしてしまったのでその日は連絡事項もそこそこにHRは終了し、各々教室から散って行った。
当然俺もその流れで教室を出て健太と二人学校を後にしたが、衝撃的な出来事の為にこの後の事を決めることなく黙って歩いていた。
いつもの帰り道は、普段と変わらず騒がしくも日常の一コマでしかなく、先程の事がどこか夢であったのではないかと錯覚させる。
そして、そろそろ何処かへ行くのか家へと歩を向けるのか決める時が近づいた時、健太がポツリと呟いた。
「……担任、異世界行きたかったのかな?」
俺は健太の言葉に同意も否定も出来なかった。
修也———主人公。現代社会において魔法文化を認知している一応一般人。
健太———主人公の親友。普通の一般人。
担任———主人公のクラスを受け持つ担任。異世界行ってみたい。
モブ1———モブと言いながら一番目立ってた人。国では結構エリート
王冠男———空気だったけど不審者の中で一番偉い人。
王女風縦ロール———その美貌で召喚者にお願いしようとしたけど出鼻をくじかれ空気となった人。
思い付きで書いたので深い設定はありません。地球にも召喚に対抗する術があるはず……