解決編
夕暮れにはまだ少し早く、窓から見える空は青々としている。校庭の方からは微かに声援や、掛け声、時に怒号が聞こえてくる。サッカー部だろうか。あるいは、陸上部か。なんにせよ文化系少女たる私には縁遠い世界。憧れはないわけではないが、運動は苦手な方だ。中の下といったところではあるが、とても運動部に入ろうだなんて思えない。入学当初からそれは変わらない。だから私はあの部に入ったのだ。今は帰宅部だが。
「今日は午後登校で大遅刻だったけど、どうしたの?」
教室には私と月内君の二人。だから、これは私に言っているのだろうとあたりをつけて、私は窓から目を外し、月内君の方に振り向いた。
「チョット調べ物があってね〜。気付いたらもー昼だったんだー。まー放課後には間に合ったから万々歳〜だね」
月内君は少し不思議そうな顔をしたが、すぐに神妙な面持ちへと変化した。
「じゃあ、始めようか」
「答え合わせ、だねー」
高校生名探偵の推理の披露。開始である。
「まず、この殺人事件のネック」
「密室、だよね〜」
「厳密に言えば違う。その前に、殺人事件にはその発生理由の性質上二つに分けることが出来る。なにかわかる?」
「えっと、なんだろー。過失か故意?」
「うん、それでも間違ってないんだけど、この場合は、突発的な犯行か、計画的な犯行か。この二つだ。これにはそれぞれ特徴があって、突発的な犯行でいえば、凶器は元々その場にあったものに限られる。用意するということができないからだ。だから、殺害に使った道具、隠蔽に使った道具、それらはありものを使うことになるわけ。それに対して計画的な犯行は、予め用意しておける。つまりは隠蔽工作の方法とかも練ることができる。だから、密室とか、そういう状況を作れるのも、これになる。殺害道具とか必要な物は持参することが多い。なぜなら綿密な計画を立てるにはなるべく不確定要素を消しておきたいからね。そこで、そこでだよ。これを踏まえて今回の事件で気付くことはない?」
「あ」
「そう。今回の事件ではこの二つの要素が混在している。密室という計画性あふれる犯行に対し、犯行にはありものを使っている。凶器とか軍手とかエプロンとかね。綿密な計画性とまるでカッとなってやった雰囲気」
「矛盾……」
「と、いうことは、そのどちらかが間違いである。
或いは、美術室を知り尽くしていて備品の是非に信頼を置いている人物による犯行の可能性。これはつまりその場で思い付いてではなくそこにそれがあるということも計画の内で、計画的な犯行。
或いは、密室にトリックなど存在せず、当人にとっては鍵を掛けられることが当たり前である、そういう人物による犯行の可能性。つまりはもともと犯行を行うことを考えていたわけではない、突発的な犯行」
「前者はありにしても、後者のそれは無理があるんじゃないー? それってどんな人〜? 超能力者とかー?」
「いや、もっと、もっと簡単だ。超常的な現象は一考にも値しない。なぜならそれは常識的に明白だからだ」
「どーゆーことー?」
「つまりだ」
「つまりー?」
「犯人は」
「犯人はー?」
「犯人は! お前だ!! 宝橋宇宙!!!」
……………………………………………………………………………………………え?
今、なんて、言った?
「美術室に詳しい、或いは美術室の鍵を持っているという二つの条件二つ共に合致する存在、それが、美術部員」
なに、それ。
「しかし美術部員には物理的に距離があるから。だから、今の美術部員には犯行は不可能。犯人じゃあない」
こんなにも、あっさり、?
「それなら、元美術部員は? 今部に入っていなければ、コンクールにも行っていないし、それに、退部の際の有耶無耶でまだ鍵を持っている可能性もある」
こんなにも、はっきり、?
「それに該当する人間が一人、いる。それが」
それが
「宝橋宇宙」
私
「入学と同時に美術部に入部。その非凡な才能は印象主義という形で現れ、1年生ながら数多くの賞を受賞。しかし、今年の6月に突然の退部。犯行の動機もそれにある」
動機。
「つまり、その時のうらみ」
「違う!」
声が響く。反響音が、耳に届く。
名探偵は若干身じろぐ。それでも私は気にせず叫ぶ。
それは、それだけは、絶対に、譲れないことだから。私があいつを恨むことなんて、絶対にないのだから。だからそれは勘違いでも、冗談でも許さない。
「私は! 私があいつに恨みを抱くことなんて、絶対にない。あるとしたら、謝意と敬愛。だから、殺す動機はないし、殺しては、いない」
思い出す。あいつとの約束を。忘れたことなんて一瞬たりともない。ただ、裏切ってしまった。あいつからの信頼を友情を裏切ってしまった。
ニコリと笑って手を差し伸べる。難しい顔で私の絵を覗く。厳しい口調で私を諭す。
そして、私を見下す冷ややかな目。
私はあの時階段で躓いた。腕を折った。大事な仕上げ作業。それだけを残して、完成一歩手前で、私は絵が描けなくなった。たったそれだけで、私達の合作は、紙くずへと変貌した。未完のものを出展するわけにはいかない。あれからあいつは絵を出展しなくなった。
私はあの目を見た時、退部を決意した。
「では、誰がやったというんだ? 鍵は、君しか持っていなかったんだよ。君以外には不可能だ」
「それを可能にするのが名探偵の役目だったんじゃないの?」
私はそう思っていた。だからこそ彼に頼み込んだし、彼に手伝いたかった。これは私の容疑を晴らすための推理劇でもあったはずなのだ。
「真実を告げるのが名探偵の役目だ」
何の悪びれもなく、真顔でいつものように淡々と語る名探偵がそこにはいた。
「だとしたら、そうした方がいい。わかってるんでしょ? 少なくとも月内君だけは、それを知っているはず」
「どういうことだ」
彼の表情からは何も読み取ることはできない。それでも私はそれを言う。名探偵に向かって、名探偵が言うべきセリフを。仮にもワトソンが言うべきセリフではない。ホームズや金田一や、あるいは明智のような、そして何より月内星太が言うべきセリフを、私は告げる。
「だって君が」ひと呼吸置き、しっかりと彼を見据え、言った。「月内星太が、犯人なのだから」
その、満を持した決死の覚悟の一言を聞いても、彼は眉一つ動かさなかった。
彼にとって、これは想定済みのことなのだろうか。それとも、私を取るに足らないと思っているのか。
「それは、どういう理屈かな? もちろん、聞かせてもらえるのだろう」
「わかってるよ。いや、そうじゃあないな。私が使うべき言葉遣いは。わかってるよー。だ。じゃー謎解きを始めよー」
「どうぞ」
「この真実もやっぱり簡単で単純なことなんだよねー。つまり、私から鍵を盗んだんだよねー」
「いつ? どうやって?」
「うん。それは、転校初日に学校案内をした時だよねー。私がお手洗いに行っている間に、私のカバンから抜き取ったんだー。最初にくれたあの飴にでも軽い下剤、仕込んでたんじゃないー?」
「うん。そうだ。そのとおりだよ、そらちゃん。君の推理は概ね正しい」
月内は、あっさりと認めた。
肩透かしを食らった気分。もっとごねると思っていた。てっきり認めないと思っていた。証拠は在るのかとか、因縁つけてくるのかと思っていた。
でも、それはなかった。
案外、こんなものなのだろうか。それとも、心境の変化が?
「で、それだけかい? たったそれだけのことで、僕のことを疑ったわけじゃないんだろう?」
「いつからか、といえば、君の存在を知った時だよー。稀代の名探偵、解決した事件は実に38件ー。そんな奴、いるわけがない。だってそうでしょ、それじゃあ君は少なくとも今まで38件の殺人にかち合ってることになるもんねー。そんな、どっかのアニメの主人公じゃないんだから、一人の人間がそんなにたくさんの殺人事件に偶然合えるわけがないんだよー。自分で起こしたのではない限り、ね」
「じゃあそらちゃんは僕にあった時には僕の事をそもそも信用してなかったって、わけ?」
「そこまでじゃない。ただ、これを読んでて不思議に思っただけ」
私はカバンから、一つの雑誌を取り出した。それは、沙絵にもらった、高校生名探偵特集のゴシップ。
「やっぱり不自然に過ぎるんだよねー。どれもこれも都合よく、スッキリと解決し過ぎているんだよー。犯人も結局自供しているし、そういうふうに誰かが誘導しているとしか思えない程にねー。例えば、今回の場合は、私に沙絵が犯人だって思わせることによって、私が沙絵を助けるように、私にやったと言わせる。そんなシナリオだったんじゃないのー? 私が学校で沙絵に会う前に沙絵に色々吹き込んだんでしょー?」
「そのとおりだ。昨日そらちゃんが走って帰ってしまったからそれも中途半端になったけどね。それでもまあ、今日カバー出来ると思った。それも甘い見通しだったけどね。どうやら君は思った以上に色々考えてたみたいだ」
「とは言ってもそれだけで確信をもてたわけじゃないよー。だから、今日、行ってみたんだよ、月内君の前の学校に」
月内星太は大して驚いた様子もない。
「だから遅れたわけか」
「うん、それで会ってみたんだよ、月内君の友達で、その時の犯人の兄の、麻残、て人にねー」
「彼は良い奴だっただろう」
「うん、それで話を聞くと、色々と教えてくれたよー。月内君の話とか、妹さんの話とか、もっと具体的に言えば、妹さんが月内君を好いていた、とか」
「それで?」
「痴情のもつれ。そう言ったよね、犯行の動機についてー。だから、それには月内君の意思が介在してるよねー。君が麻残君の妹さんに、そうするように仕向けたんじゃないのー?」
「たとえ僕が好かれていたとして、素直に言うことを聞くとは思えないな。それともそらちゃんは好きな男の言うことは何でも従うのかい?」
「もちろん従わないよー。でも、そうじゃなくてもコントロールはできるでしょー? 例えば反抗期の中学生が言う事に従わないなら、こんな事も出来ないのかと煽ることでそれをさせるように。それをもっと複雑にして、綿密にすれば、出来るよねー。抜群の推理力と人の機微を見抜く力がある名探偵ならなおさらねー」
「それを、38回繰り返したって?」
「そうだろうねー。自分で殺して罪を被せる、が多いだろうけどねー。つまり、君は、今回含め39回の殺人事件を起こし、連続殺人として2人が死んでる7件と、さらに1クラス26人皆死んでる『青原高校殺戮事件』を含めて、72人を、殺してる。さらに、共犯者としての8人を含めて46人を無実の罪で告発している。結果として、118人を、不幸にした」
「惜しいなあ。最初の、『石畳バラバラ殺人事件』は僕が殺したわけじゃないんだよ。あれの起こった原因は僕には無関係だ。だから、71人、だよ」
尋常ではない。それだけの人間を殺したのにそれがバレない隠蔽能力と、それだけの人間を殺しても平気な顔で立っていられる精神と、自分が殺した人間を数としてリンゴでも数えるかのように話す狂気。
嘘だと思いたかった。自分の勘違いだと。たまたま偶然事件に遭遇してしまう人だっているんだって、そう納得したかった。
でも、違った。
偶然なんて有り得ない。全部、必然なんだ。
事件にたまたま出合ってしまう不幸体質とか、巻き込まれ体質なんて不確かなもの、存在しないんだ。
それが、名探偵の皮を被った少年の言葉によって、今、証明されてしまった。
「動機は……? そんなに殺した動機は何?」
「さあね。楽しいからとでもしておけばいいのさ。最初の事件で味をしめて、それからやめられずに、さながら中毒のごとく犯行を重ねた。これでどう? それとも母親を殺された復讐とでもすれば君は納得するのかい? それでやったことが変わるわけでもないよ」
いつまでもどこまでも飄々とした態度を崩さない。
たぶん、死ぬまでこうなのだろう。放っておけば、ずっと続けるのか。今回の事件でかなり短いスパンで殺したのだって、我慢できなくなったとか、そんな理由なのだろう。焦って、そして、こうなった。
「君は、狂ってるよ……」
「なあそらちゃん、名探偵に一番必要な能力って何だと思う?」
つい口から出たその罵倒に対しても、彼は顔色を変えず、言葉を発する。
「それは、推理力じゃあないの?」
月内星太は首を横に振った。
「調査力だよ。現場を調べ、遺体を調べ、何より人間関係を調べる。徹底的に調べれば推理なんてしなくとも自ずと明らかになるものなのさ」
「それが、どーした、君が言うのか?」
「つまり君にはその才能があるようだね。並じゃあないよ。僕について1日でここまで調べられたんだ。僕の転校する前の学校や、麻残のことなんてそんな雑誌には書いてないだろう。それを、君は調べ尽くした。だからこそ、僕の行為はこうして白日の元にさらされることになる。それがあるとあたりをつけて君にワトソン役をやらせたけど、ハッキリ言って想像以上だよ」
「言いたい事はそれだけ……?」
「君は良い名探偵になれるよ」
「私は、君とは違う。名探偵になんか死んでもならない。高校生名探偵なんてふざけた代物、君で最後だよ」
「そうだね。確かに、今回入れて関わった39件全ての殺人事件で間違った犯人を摘発した僕と、本物の君とでは、決定的に違うだろうね。でも、僕の正体に気づいた時点で、君は一躍有名人だ。確実に名探偵なんて肩書きがつくよ」
「それでも、君と僕は、違う」
「まあいいさ。やることはやった」そこで、月内星太はくるりと振り向き、自分のカバンを漁り始めた。「僕には不本意ながら、色んな通称があるよね。そのほとんどは要らないし相応しくないけど、一つだけ、気に入っているものがあるんだ」
「なに?」
「『殺人殺し』」
そして、月内君は、自分の胸に、カバンから取り出したナイフを深々と突き立てた。
即死だった。
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春には桜がピンクに染め、夏には深緑が覆い、秋には紅葉が色とりどりに色付き、冬には雪が真っ白に染め上げる。
四季折々の山の中腹に位置する一つの寺に、最近新しく二つの墓が作られた。
一つには、月内星太と刻み込まれている。花も線香も飾られていないその墓には、戒めのように、一本のナイフが置かれていた。
そこから遠い位置に置かれた墓には、石畳月子と刻まれている。花が咲き、線香が煙をあげているその墓にも、似つかわしくないものが置かれていた。
それは、ニ枚の絵だった。
一つはとても精巧に描かれた二人の女の子の絵。所々赤い斑点があり、隠されてしまっているが、二人はとても仲が良いのだと推測出来る。
一つは日の光やその変化の色彩が鮮やかに描き出された二人の女の子の絵。もう一つとは画風がガラリと違い対象的であるが、モデルは同じなのだと直ぐに解る。何故ならそれも、とても仲が良さげに笑い合っていたから。




