親友宅にて(7)
そう。一番やっかいで、一番大事なこと。
確かに僕は、彼女のことが好きだ。どうしようもないぐらいに。
彼女も同じ気持ちだってことも知ってる。
だけど、忘れちゃいけないことがあるんだ。
忘れたくても忘れられない、一番やっかいで、一番大事なこと。
「記憶だよ。僕の記憶」
どんなに想い出したくても、想い出せない。彼女との想い出。
想い出せないから忘れちゃいけない。記憶がないってことを。
「お前、『今の自分が彼女に恋をした』って言ってたじゃないか」
「その通りだよ。だけど、僕には今の記憶しかないんだ。でも、彼女は違う。僕達が最初に出逢った頃からの、僕の知らない、彼女だけの記憶があるんだ」
それは一番やっかいで。だけど一番大事なことなんだ。
「だからどうだっていうんだよ」
親友には解ってもらえないかもしれないが。
「記憶が戻らない以上、一緒にはいられないよ。いくら話で聞いたって、想い出を聞いたって、ただの物語だ。それは、僕の記憶じゃないんだよ。今は良くても、いつかそのことで衝突することになると思う。お互いにそういうのは、かえって辛いよ。彼女と言い争いたくないんだ」
「彼女もそう言ってた」
「だろうね」
……だろうね。
彼女ならきっとそう言うだろう。
なぜだか解らないが、そんな気がする。
「もっと自分本位になってもいいんじゃないか?」
自分本位に、か。
「それができたら、苦しまなくてすむね。でも、他人からみたらほんの些細なことでも、本人にはとても大きな問題ということもあるんだよ」
「それはそうだな。お前の言いたいことは解るよ。……じゃあ、記憶が戻れば問題はなくなるんだな」
記憶が戻れば。
今更記憶が戻ったとしてどうだ?
記憶が戻れば……だけど、今となってはそんな簡単な問題じゃないんだよ。
「もっと前ならね。時間は進んでるんだよ。待ってはくれない。ましてや、戻すこともできやしない。……色んなことがありすぎたよ。この先、どうなっていくのかは解らないけど、大きな気持ちで見守っていてくれないか」
もしかすると僕は逃げているのだろうか。
いや違う。彼女とのことから逃げるなんて。
でも、もう。
記憶が戻ればまた……なんて考えることに。
……もう疲れてしまったのかもしれないな。
「解ったよ。でも、よく考えて、後悔しないようにな。どんなことがあっても、俺はお前の味方だ」
「色々心配してくれて、ありがとう。僕はいい親友を持って、幸せ者だ」
「そうか、さあ飲め」
そう言って、親友はジンジャエールをグラスに注いでくれた。
お読み下さりありがとうございました。
次話より『第12章 希望と絶望』に入ります。
次話「妹よ」もよろしくお願いします!