決断の時(5)
コーヒーを一杯飲んで帰ろうとしたとき、ヤツに急に『本当の恋人』にしてほしいと言われ、正直戸惑った。
ヤツとの関係をこれからどうしていくか。
少しばかり潤んだ瞳に、すぐに返事ができず、言葉を濁した。
なにを躊躇っているんだ?
答えなんか決まっているのに。
「もう恋人ごっこは嫌なの。嘘ついて呼び出したことは、悪いと思ってる。でも、私をひとりの女性として見てほしいの」
ヤツのこんなに真剣な眼差しは、見たことがない。
いつもお気楽なヤツだと思っていたが、案外そうでもなかったのかも。
いくら脳天気でも、自分からこんなことを言うには勇気がいっただろう。
いつもとは違うヤツの一面を見たようで、正直心が動かされそうになった。
ヤツの表情から、『悩んでたんだな』『辛かったんだな』なんて。今までにはなかった、そんな気持ちが僕の中に膨らんできたのだ。
これまで僕は自分のことばかり考えて、彼女とのことばかり考えて、ヤツとのことを後回しにしていた。それでも嫌にならずに僕のことを想い続けていてくれたんだ。
そう思うと、僕の中でなにかがスッとほどけたような気がした。
彼女のことは忘れて、こんなにも想ってくれているヤツとやり直す……いや、新しく初めてみるのもいいんじゃないかなんて思えてきた。
ヤツの目を見つめると、その瞳は揺れていて、ついその気になってしまいそうな自分がいる。
こんな状況でどうすれば?
優柔不断な弱い自分がまた顔を覗かせる。
どうすれば……。
どうにかしようか。いっそのこと、このままヤツとどうにかなってしまおうか。
なんてことは少しも頭を過らなかった、と言えば嘘になる。
いや、その方がいいとさえ思いかけたかもしれない。
その方がヤツのためでもあるし、僕自身も彼女のことを忘れられるいいきっかけになるんじゃないかと。
僕の気持ちを考えることもなく……。
自然な流れで僕が両肩に手を置くと、ヤツはそっと目を閉じた。
そんなヤツの気持ちに応えようと、僕もゆっくりとヤツとの距離を縮めていく。
だが、いざとなると心の中で葛藤が……。
こんな僕でもいいのか?
僕はコイツと恋人になるのか?
彼女のことを忘れるためにじゃなく、心からコイツを想って大切にしていけるのか。
往生際の悪い自分に問いかけてみる。
お読み下さりありがとうございました。
次話「決断の時(6)」もよろしくお願いします!