決断の時(4)
突然電話をかけてきて、『大変だから、すぐに来て』だなんて。
ビックリするじゃないか。親友との約束もあったが、僕は取るものも取りあえず大急ぎで家に向かった。なのにヤツときたら、僕を家に呼び出す口実だったなんて。
心配して張り詰めていた緊張の糸がプツンと切れたと同時に、腹立たしさが芽生えてきた。
どう考えても今回のヤツの行動は許しがたい。
それに……。
でも、「怒っているの?」との問いかけには「いや」と答えた。
これ以上言っても自分が空しくなるだけだからだ。
彼女とは正反対のヤツとのこと、これからどうしていこうか。
「ならコーヒー、淹れるから」
玄関先で帰るつもりだったが、ヤツの「お願い」という上目づかいに、「仕方ない」とため息をもらした。
「じゃあ、一杯だけだぞ。飲んだらすぐに帰るからな」
「うん」
ぱあっと明るい表情になったヤツは、僕の手を引きテーブルの前まで連れて行く。
「どうぞ」と示された場所に僕はゆっくりと座る。
ヤツがコーヒーの準備をすると告げてキッチンに向かったあと、そう広くもないワンルームの部屋にポツンと取り残されて、することもなく部屋を見渡した。こちらからはキッチンの様子が見えないつくりになっているので、話すこともできないからだ。
意外と綺麗に片付けられていて、掃除も行き届いているように思う。可愛らしいマスコットやぬいぐるみなんかも飾られていて、ヤツもやはり女子なんだなと少し微笑ましくも感じた。
だからといってヤツへの気持ちが変わることはない。
積極的すぎるのはある意味ヤツらしいといえばそうだけど、誰に対してもそんな態度をとっているのかと思われて、あまりいい気はしない。
そういうの、苦手なんだよなやっぱり。
コーヒーを飲んだら親友宅に向かおう。
そんなことを考えながら時間を過ごしていると、「おまたせ~」という声とともにヤツがキッチンからトレーにのせたカップをふたつ持ってきた。
僕は「ありがとう」とそれを受け取り、ヤツが淹れてくれたコーヒーを口に含む。
ヤツは嬉しそうに、ああだこうだとたわいのない話を途切れることなくしているが、僕としてはそう寛ぐ気分にはなれない。
親友との約束の時間も気になるし、ゆっくりと落ち着いてこの部屋にいる気にもなれなかった。
僕は急いでコーヒーを飲み干した。
もう帰ろうと立ち上がろうとすると、ヤツは名残惜しそうにする。
「本当に、一杯飲んだだけで帰っちゃうんだ」
瞳を揺らし、寂しそうに見つめる子猫のような甘えた表情。
他の男性ならイチコロなんだろうな。
けど、あいにく僕は犬派なんでね。
「うん、ごちそうさま。じゃ」
そう言い残して玄関に向かおうとした時、背中にドンとぶつかってきたかと思うと、ヤツの腕が僕の胸の前で交差される。
ヤツにいきなり背中から抱きついてこられて、少々戸惑った。
「な、何してるんだ」
そう言いながら振り返ると、ヤツは僕の胸に回した腕をゆっくりとほどいて、すがるような目で見つめながら言葉を発する。
「お願い、私を本当の恋人にして」
僕の中では今でも『友達以上恋人未満』な関係のつもりだ。
そろそろ今後のことを考えないといけないと思っていたところだったけど、ヤツもなにか感じるところがあったのだろう。
これからふたりの関係をどうしていくか。
少しばかり潤んだ瞳に、すぐに返事ができなかった。
「そ、それは……」
なにを躊躇っているんだ?
答えなんか決まっているのに。
お読み下さりありがとうございました。
次話「決断の時(5)」もよろしくお願いします!