決断の時(1)
それからの日々は、平穏で無音な毎日だった。心にぽっかりと空いた穴は大きすぎて、なかなか埋められそうにない。彼女以上の女性とは、もうめぐり逢うことはないだろう。
これから過ぎてゆく時間が、僕の心を癒やしてくれるのだろうか。
* * *
8月も半ばを過ぎ、彼女の結婚式の日が刻一刻と迫ってくる。
今更考えても仕方のないことだと解っていながらも、その日を知ってしまったからにはこころ穏やかに日々を過ごして……というわけにはいかない。
往生際の悪い自分に情けなさを感じながらも、もうどうすることもできずにいる。
そんなもやもやも、時間と共に過ぎ去ってくれるのをただ待つことしかできない。
やっぱ僕はダメな男だな。
今となればそれはある意味、僕の専売特許か、と言いたくなる。
いつの日か全てを飲み込んで流してゆける『大人』になれるのだろうか。
残暑厳しい日曜の午後、久々に親友からメールがきた。
――話がある。今日夕方家に来られるか?
どうしたんだ、何かあったのか?――
――とにかく来てくれ
解った――
一体何があったのだろう。
用件も言わずにただ『来てくれ』だなんて。アイツらしくない。
学生時代とは違い、お互い仕事も忙しいし、親友には彼女ちゃんと子供ちゃんとの家庭もある。
なのに突然家に来るようにだなんて。なにか胸騒ぎがする。
彼女ちゃんとの間になにかあったのだろうか。
電話では話せないことって何なのだろう。
ゆっくりとその時間がくるのを自室で待っているだけなんて、とてもできそうにない。
親友達になにかあったのなら、今まで世話になった分、今度は僕が力になりたい。
それこそ、自分のことよりも優先させたい。
そんな気持ちで少し早めに家を出ようか、と腰を上げる。
部屋のドアノブに手をかけたときに、今度は電話が鳴った。
親友からの連絡かと、急いでポケットからスマホを取り出し名前を確認する。
……ヤツからだ。
こんな時になんだと、少し鬱陶しい気もしたが、それはこちらの事情でヤツにはなんの関係もないことだ。
無視をするのも気がとがめるので、気を取り直して電話に出ることにした。
「もしもし」
『あ、大変なの。今すぐ来て!』
「どうした、今どこだ?」
『私のお家。とにかく早く来て!』
「解った、すぐ行く」
尋常ではないヤツの声色に、状況を聞くのも忘れて電話を切ると、思わず部屋を飛び出した。
そろそろヤツとの関係を何とかしようと思っていた矢先のことだった。
何があったんだ。
お読み下さりありがとうございました。
次話「決断の時(2)」もよろしくお願いします!