『エピローグデート』(10)
『このままキミとどこか遠くに行ってしまいたい』だなんて、とても許されることではない。
だけど今は心の底からそう思う。
なにもかも投げ出して彼女とふたりで過ごしてゆくことができたなら、どんなに素晴らしいことか。
考えても実現しないことを、いや、実現しないことだからこそ考えてしまう。
お互いに胸の内を吐き出して、お互いの気持ちを確かめ合えて……少し欲張りになったのかもしれない。
『ふたりでどこか遠くに、行ってしまいたいね。……なんてね』
彼女もきっとそう思ったのだろう。
『……なんてね』
だからお互い『……なんてね』で締めくくったんだ。
儚い夢の続きは消え去ってしまうのか。
名残惜しいときに限って、時間の進行が早く感じられる。
「そろそろ……」
言い出したくない言葉だが、彼女の前では紳士でいたいと、こころが言わせる。
「もう少し、もう少しだけ……このままでいて。いいでしょ?」
そう言った彼女が愛おしかった。
もう少しだけ、こうしていよう。
「うん、もう少しだけ」
もう少しだけ……。
まるでさっき車で聴いた、あの歌のようだ。
♪ 今度はいつ会えるの 約束して
今度は海を 見に行きたいの
最後の最後に 海が見たいの
2人の別れには 海が似合いね
2人の愛の想い出を
そっと海に流しましょう
送ってくれなくていいのよ
このまま こうしていたいから
送ってくれなくていいのよ
もう少し このままでいて
もう少し そばにいて……
今日だけは 恋人でいて ♪
『エピローグ』
もう少し。恋人で……か。
もう少しだけ……。
静かに時間が流れてゆく。ただ無情に、時間だけが流れてゆく。
「もう帰らないと、門限に遅れるよ」
抱きしめた力を緩め彼女の横に立ち、紳士な僕は本当は言いたくない言葉を口にする。
「この年で門限って。……ね」
微苦笑を浮かべる彼女。
「ご両親がキミを想う気持ちだよ。守らなきゃ」
帰したくない。
本心は隠しておこう。
「そうだね。あなたはいつも優しいね」
そう言って、彼女は微笑む。
寂しげなその微笑みを、僕は抱きしめたくなった。
「キミの笑顔を独り占めしたかった」
最後の悪あがき。
時間が迫り「どうしよう」と「どうしようもない」気持ちが鼓動を押し上げる。
もう、これで終わりなのかと。
だけど、少しだけ臆病な僕は「独り占めしたかった」と、敢えて過去形を選んだ。
「今日が終わるまでは恋人同士だから、あなただけのものだよ」
今日が終わるまでは恋人。
今日が終わるまでの恋人。
もう時間がない。
だけどこのまま帰りたくない。帰したくない。
想い出にしてしまいたくない。
いろんな想いが胸に、頭に過ぎる。
だけど、それでも時間だけは容赦なく過ぎて。
お互い見つめ合い、微笑み合う。
もう言葉なんか余計なものに思えた。
苦しさ、切なさ、愛しさ、後悔……いろんな想いが頭を巡る。
でも、もう時間が……。
得体の知れない高揚感がふたりを包む。
自然と距離が縮まって目を細める。
どちらともなく重ねられた唇……。
切なく、哀しい時間だった。
今日が終わるまでは恋人。
今日が終わるまでの恋人。
もう少しだけの……恋人。
「さあ、もう本当に帰らないと」
「そうだね。さよならだね」
「ああ、さよならだ。幸せにね」
「ありがとう。あなたも、幸せにね」
「ありがとう」
最後はなるべく明るく別れることにした。
でないと全てが壊れてしまう。
美しい想い出として、こころに留めておきたかった。
今日という日が終わった。
明日からは本当に、彼女のいない日々が始まる。
解っている、全て解っているさ。
でもやっぱり僕は……彼女のことが好きだ。
どうしようもないぐらいに。
理不尽な運命にもがきながらも、僕の人生は続く。
お読み下さりありがとうございました。
作中に出てくる曲『エピローグ』の歌詞は、自作の歌の一番のみを使用したものです。
ギターで作った、メジャー7の幻想的な感じの曲です。
今話で第9章 『エピローグデート』は終了です。
次話から新章に入ります。
ラストまでお付き合い下さると嬉しいです。
よろしくお願いします!