『エピローグデート』(9)
彼女の放った言葉に耳を疑った。
今更そんなことを言うなんて、僕をからかっているのだろうか。
いや、そんなことをするような人じゃない。
だとすると彼女の本心なのか。
そうだとしたら……。
彼女の言葉を聞いて、まだ平静でいられるのか?
彼女にそこまで言わせておいて、冷静でいられるのか?
「ごめん。こんなこと言うつもりなかったんだけど、あんまり夜景が綺麗だからつい。でも……涙でかすんでよく見えない」
そう言いながらムリに笑顔を作ろうとする彼女。
その姿が僕の心を揺さぶる。
彼女のそんな言葉を聞いて尚、突き放すことができるのか?
僕の抑えていた感情が、一気に込み上げてきた。
そうなると、もう歯止めがきかない。
僕は今までの想いを一気にぶちまけた。
「僕も、僕も本当はキミのことが大好きだ。退院した後、キミに告白するつもりだったんだよ。記憶なんて関係ない、今の僕がキミに恋をした、って」
ああ、ついに言ってしまった。
今まで言いたくても言えなかった言葉を。
いや、やっと言えたというべきか。
「本当?」
腕の中の彼女はゆっくりと身体の向きを変え、僕の目を真っ直ぐに見つめる。
潤んだ瞳からは、透き通った彼女の想いが今にも零れ落ちそうになっている。
もう離したくない。
そんな感情が溢れ出て、言葉が次々に溢れ出る。
「本当さ。キミにずっと傍にいてほしかった。僕だってキミに他の男性となんか、結婚してほしくなかったよ。そんなキミを見たくなかった。だから結婚式の招待状に欠席の返事を出したんだ。未練がましいと思われたくなくて、平静を装っていただけなんだよ」
ああ、僕は何を言っているんだろう。今更こんなことを言ったって、彼女を苦しめるだけなのに。
頭では解っているけれど、心が言うことを聞かない。
やっぱりまだ大人には、なりきれていないんだ。
「もっと早く……もっと早く言ってほしかった」
本当に。もっと早くにお互いの気持ちを確かめ合うことができていたなら。
「言おうとしたさ、退院の日に。病院でも、電話でも。だけどキミは拒んだ」
こんなにも苦しい時間を過ごすこともなかったのかもしれない。
「……ごめんなさい。私、自分のことばかり考えてたんだわ。悲劇のヒロインみたいな気になって、あなたの言葉に耳を傾けようとしなかった。本当にバカね」
でも、彼女だけが悪いんじゃない。
お互い様だ。僕ももっとできることがあったんじゃないのか、なんて思ってしまう。
「仕方ないよ、あんな状況なら。でも今日解り合えてよかった」
今日解り合えてよかった。
苦しい想い出にならなくて済んだ。
「……でも、もう遅いね。遅すぎたね」
だけど切ない想い出には違いない。
「どこで間違えたんだろうね」
「ホントに」
本当にどこで間違えてしまったのだろう。
もしもあの時……なんて考えても仕方がないのに。
でも今は、もし許されるなら……。
「……もしも許されるのなら、このままキミとどこか遠くに行ってしまいたいよ」
解り合えた今だから、自分の気持ちを素直に言葉にしてしまおう。
許されることはないと解っていても、言葉にしておきたい。
「ふたりでどこか遠くに、行ってしまいたいね。……なんてね」
お互いに素直な気持ちを……。
でも、それはただ空しさを伴ってはいるが。
「……なんてね」
そう言って、またふたりで夜景を眺めた。
腕の中の彼女は、もう手の届かない人になる。
そう考えると、あまりにも切ない。
お読み下さりありがとうございました。
次話「『エピローグデート』(10)」もよろしくお願いします!
『エピローグデート』のお話は次話までです。
その次から、またお話は進んでゆきます。