『エピローグデート』(7)
容赦なく無情な時間が訪れる。
いよいよ、夜景観賞に行く時間になった。
この夜景観賞が、ふたりに残された最後の想い出になる。
僕は切ない想いを胸に車を走らせた。
時間の狭間の想い出。
通り過ぎてもまた想い出せるだろうか。
このドライブウェイを登れば……もう、すぐそこまで終わりの時間が近づいている。
切ない時間を過ごし、辛い想い出としてこころの記録に残したくはない。
楽しい想い出として、頭に記憶として残したい。
こんな状況で、そう考えるのはおかしいだろうか。
そんな僕の心情を察してか、それとも彼女も同じ想いなのか、ふたりとも無言のまま車は目的地へと近づいてゆく。
気分を変えようと、ラジオのスイッチを入れた。陽気なD.Jの声に、少しは気が紛れる。
『次の曲は、「エピローグ」』
音楽がかかると、息をのむ彼女の様子が窺えた。
小さく漏れた吐息で、目を潤ませているのだと想像できる。
♪ 今度はいつ会えるの 約束して
今度は海を 見に行きたいの
最後の最後に 海が見たいの
2人の別れには 海が似合いね
2人の愛の想い出を
そっと海に流しましょう
送ってくれなくていいのよ
このまま こうしていたいから
送ってくれなくていいのよ
もう少し このままでいて
もう少し そばにいて……
今日だけは 恋人でいて ♪
「この歌、泣けるよね」
そう言って、彼女は何度も涙を拭っていた。
『ホントに』
僕は心の中でそう呟いた。
今日のふたりにはおあつらえ向きの歌じゃないか。
まるで僕たちのためにあるような歌じゃないか。
この曲が僕たちの想い出の曲になるのだろうか。
……だとしたらあまりに切なすぎる。
曲が終わると、いよいよ夜景スポットに到着した。
駐車場に車を止めると、目の前には瞬く星と、目映いばかりに街の灯りの海が広がる。
「わぁ、きれい。ここから見えるのが、有名な100万ドルの夜景ね」
大きな瞳をきらきらと輝かせて彼女は身を乗り出す。
「ああ。気に入った?」
「ええ、とっても」
嬉しそうな笑顔。僕の好きな彼女の……。
「100万ドルの夜景って言っても、そう名付けられた時とは違うだろうけど」
「そうね。今じゃその3倍以上だね」
そんなたわいない会話が胸を締めつける。
「車の外に出てみる? ガラス越しじゃなく、外の方がきっと、もっと綺麗だよ」
僕の提案に、「そうだね」と答えてシートベルトを外す彼女。
ふたりは車を降り、ボンネットの前に立って、飛び込んでくる夜景を眺めた。
吸い込まれそうなくらいの光の競演に、言葉も出ないほどだ。
それは本当に綺麗だった。
そして満天の空。
思えば冬に彼女とのことがあってから、こんなにゆっくりと星を眺めたことなんてなかったな。
「やっぱり夜の山は、夏でもちょっと冷えるね」
彼女は少し寒そうに、背中を丸める。
僕は彼女を……そっと背中から抱きしめた。
「これで少しは暖かくなった?」
彼女を包み込むようにそっと抱きしめる。
「うん。こうしてると、何だか安心する」
彼女はそのまま僕の胸に頭をもたれかけさせて、優しい声音で答える。
「僕も」
静かな時間に包まれて、つい言ってしまう。
「……ずっとこうしていたいな」
「私も」
僕たちは夜の街にちりばめられた宝石達を、ずっと眺めていた。
言葉なんていらない。ただずっと黙ったままそうしていた。そう。ずっと。
暫くすると……。
お読み下さりありがとうございました。
作中に出てくる曲『エピローグ』の歌詞は、自作の歌の一番のみを使用したものです。
ギターで作った、メジャー7の幻想的な感じの曲です。
次話「『エピローグデート』(8)」もよろしくお願いします!