『エピローグデート』(4) ✩挿し絵あり
水族館に入るとまず大きなサメの模型と遭遇する。
その前には一眼レフカメラを首にかけた女性が微笑み、「記念写真はいかがですか?」と声をかけてくる。
「お手持ちのカメラ、スマホでも撮影いたします」なんて言葉も聞こえてくるが、いくら何でもスマホでの撮影を頼んで『はい、さよなら』ってわけにはいかないだろう。
きっとお高い一眼レフで、如何ばかりかの金銭を支払い撮影をしてもらう“ついで”にスマホでも、といったところだろう。
僕は一応「どうする?」と彼女の方をチラッと見たが、彼女は我関せずといった様子で、どんどん進んで行く。
順路の始めにお目見えしたのは、トンネル形の水槽だ。頭上に現れるそれは、「おおっ」と声を発してしまうほど圧巻である。
サメやエイに、見たこともないような色鮮やかなブルーの魚。
ちっとも動かないで「休憩中」と言わんばかりの魚もいれば、所狭しと泳ぎ回る小魚の群れ。
下から見上げる水槽は度肝を抜かれるが、しばらくすると酔いもする。
目が回るとまでは言わないが、不思議な感覚に陥る。
日常とは違う世界が感覚を敏感にさせているのか、それとも世界に誇れる日本の技術で作られた、分厚いアクリルガラスがそうさせているのか。
トンネルを抜けてからは、各コーナーに分かれており、順路に沿って進んで行く。
全ての水槽の前で立ち止まり、あの魚がどうだとか、この魚の名前はなんだとか、たわいない話で盛り上がり、楽しく時間は進んでゆく。
中でも彼女のお気に入りは『マンボウ』だ。
泳いでいる姿がなんとも愛らしくってかわいいらしい。
もっとも正面から見たその顔は、『厳ついオジサン』風だけど。
僕は『エイ』が好きだな。
優雅に泳ぐその姿は、さながら翼を広げて大空を華麗に舞う鳥のよう。
ずっと見ていても飽きないくらいに惹きつけられる。
そしていよいよ最終コーナーにさしかかった。
ここには色とりどりの熱帯魚と透明感がハンパないクラゲたちが。
熱帯魚コーナーで彼女が一番に食いついたのは、オレンジと白の縞模様の『クマノミ』。
「あ、これ知ってる。アニメのキャラになってたよね」なんて言いながら、きゃっきゃしている姿はまるで女子高生。
彼女の高校生時代はきっと今と変わらず、あんな感じだったんだろうな、なんて。
一緒に過ごしたはずなのに、ひとつの想い出さえない僕にはとても新鮮に思える。
『ミズクラゲ』にいたっては、本当にほとんど透明に近く、水の中を自由気儘に泳いだり漂ったり。何を考えているんだろうと思ってしまう。いや、何も考えてはいないだろうけど。
最後は『イワトビペンギン』。
動じないその姿は、つい近寄って見てしまう。
「わ! 目が合った」って、またはしゃいでいる彼女。
そんな彼女の姿もまた、ずっと見ていても飽きない。
というか、このままずっと見ていたい。
出口付近のショップで何か買おうか? と見て回ったが、結局彼女が立ち止まったのは『ガチャ』の前。
いくつか並ぶ中で、ひとつの前に立ち止まりこう言う。
「ここにする」
「え? これやるの?」
「うん。ここで『マンボウ』当てて」
いやいやお嬢さん。出てくるものが予想できないのがこちらの特徴でして。
「そんなにうまくいくかな」
「ここでマンボウが出てくる気がする」
妙な自信は一体どこから?
「ホントに?」
「うん。300円だって」
そう言いながらオレに300円を手渡してくる。
「それぐらいオレが出すよ」
「いいから早くお金入れて!」
促されるままに料金を投入。
「はい、どうぞ」
「早く回してよ」
「自分で回せばいいのに?」
どうしても僕が『マンボウ』を出すところが見たいらしい。
って、そんな都合良くいくものか?
半信半疑で、いやほとんど信じていないけど。半分ヤケクソで、でも、「マンボウよ出ろ!」と心の中で念じながらレバーを回す……。
僕は出てきたカプセルを掴んだ。
お読み下さりありがとうございました。
次話「『エピローグデート』(5)」もよろしくお願いします!