『エピローグデート』(3)
ずっと待ち望んでいた彼女とのデート。
彼女とデートをするなんて、記憶の戻らない僕にとっては初めての出来事で。
本来ならとてもワクワクする出来事のはず。
でも今日のデートは、それはそれは切ないもので。
けじめのデート。
皮肉なものだな。
僕にとっては彼女との最初で最後のデート。
さあ、いよいよ『エピローグデート』が始まる。
彼女の希望通り、ドライブがてら海沿いの国道を走って、海辺のレストランで早めの昼食。
そのあと、海岸のすぐそばにある水族館に行って、夕方はそのまま砂浜で夕陽を眺め、それから港にあるホテルでディナー。
その後、山のドライブウェイを登って、夜景スポットから100万ドルの夜景観賞という予定だ。
彼女の欲張りな望みを全て叶えてあげたいと思う。
「いいお天気でよかったね」
そう言って、嬉しそうに微笑む彼女。
この目にずっと焼き付けておきたい。
「そうだね。絶好のドライブ日和だ。この分だと夕陽も夜景も綺麗だろうな」
「わあ、楽しみ!」
楽しそうに笑う笑顔。
僕の一番好きな顔。
離れたくない。離したくない。
まだ今日という日が始まったばかりだ。時間はいくらでもある。
後悔しないように、僕も精一杯今日という日を楽しもう。
彼女は妙にはしゃいでいるが、彼女がさっき言っていたように、今日を『思いっきり楽しもう』としているのだろう。
その姿が嬉しくもあるがその反面、切なくもある。
海沿いの国道を走り抜け、海辺のレストランに向かう。
パスタが好きだという彼女の希望で、イタリアンレストランにて少し早めの昼食を摂る。
僕はボロネーゼを注文し、彼女はツナときのことトマトのペンネを注文した。
メニューは彼女のこだわりだとかで、僕の分まで勝手に決められて。
なんでも想い出のメニューだとか。
そういえば、このエピローグデートをすることに決めた日……駅前で絡まれている彼女に偶然会った日にも、同じことを言ってたっけ。
『高校生の時の想い出』
僕にはない彼女との想い出。
きっと僕たちは楽しい高校時代を過ごしていたのだろうな。
それを思い出せない自分に腹が立つ。
ゆっくりと食事を終え、食後のコーヒーで胃を落ち着かせる。
会計を済ませて、次なる目的地である海岸のすぐそばに最近できたばかりの、水族館に向かうことにした。
と言っても、このレストランからはすぐ近くなので、車はこの辺一帯の共通の駐車場においたまま、歩いて行くことにした。
この辺りは有名な観光スポットがたくさんあり、レストランに水族館、ショッピング施設や映画館、ちょっとしたイベント会場まである大きなエリアだ。
ゆっくりと歩き出すとしばらくして、僕の左手にすっと暖かい感触が伝わった。
え……。
僕は彼女の方を見る。
「今日はせっかくのデートだから、手を繋ぐくらい、いいでしょ?」
上目づかいで覗き込む彼女のクリクリッとした大きな瞳。
思わず吸い込まれそうになるくらいにキラキラと輝いて。
断る理由もない。いや、断りたくもない。
「そうだな。その方がデートっぽいしね」
なんて、またいつものように平静を装っているけれども、やっぱり彼女といると、とても平静ではいられない。
僕の胸の真ん中が激しく揺さぶられるばかりだ。
ふたりにとって、最初で最後のデートなのに。
お読み下さりありがとうございました。
次話「『エピローグデート』(4)」もよろしくお願いします!