『エピローグデート』(1)
彼女から届いた結婚式の招待状に、欠席と返事を出すと、少しして彼女から電話があった。
少し躊躇いながらも電話を耳にあてる。
僕の心を締めつける嬉しい声音。
わざと明るく話す、切なくも美しいその声。
僕も努めて明るく振る舞い、以前話していた通り、約束をした。
8月のはじめの水曜日に、彼女とけじめのデート。そう、『エピローグデート』に出かけるという。
もうすぐ他の男と結婚をして、もう手の届かないところに行ってしまう彼女と、お互いの心にけじめをつけるための最後のデート。
『エピローグデート』
本当はそんな切ないデートなんてしたくない。
だけど、だけど。
それが彼女の希望なら、叶えたい。
自分の気持ちを抑えてでも、彼女の事を優先させたい。
だったら結婚式に出席すればよかったのか? 友人として? まさか。
そんな時だけ自分の気持ちを優先させるなんて、人間って勝手な生き物だな。
いや、僕が勝手なだけなのか。
たとえ切ないデートになろうとも、彼女ともう一度会えるなら。
手の届かない人になってしまうまでに、もう一度会えるのなら。
身勝手な……僕の気持ちなんて後回しで構わない。
* * *
それから僕は、その『エピローグデート』を彼女の希望通りのデートにしようと、彼女が行きたいところへ行き、したいことを叶えようとプランを練った。
彼女の希望は……。
『ちょっと遠出がしたい。水族館に行って、おいしい食事をして、あと夕陽と夜景が見たい!』
ということだ。
「僕はドライブがてら全部行こう」と答えたが、水族館に食事に夕陽に夜景……って、随分と欲張りな要望だ。
いくらドライブがてらとはいえ、あまり離れた場所を行ったり来たりして時間を費やしたくはない。
彼女の望みを叶えたい。それら全てを1日で回れるプランを思いついた。
後はどのコースで回るかだ。電車では時間がかかりすぎるので、車で出かけることにした。
楽しみなようでもあり、まだその日が訪れてほしくないようでもあり。
複雑な心境のまま、ついに前日になった。
いつものように仕事で疲れた身体をベッドに放り込み、両手を頭の後で組み、真白い天井を見つめる。
いよいよ明日か。
もう、後戻りはできないな。
明日に備えてもう眠ろうと、そっと目をつぶった。
「……」
「…………」
誰かが僕の名前を呼んでいる気がする。
『……誰?』
僕はそっと目を開ける。
『此処は……何処だ?』
――全てが真っ白な世界――
前後・左右・上下全てが眩しいほどに純白で、足元には自分の影さえも無い。
白以外何も無い空虚の中で、僕は1人佇んでいる。
『夢なのか?』
そう思いながら辺りを見渡してみる。
すると、ただとてつもなく広い〈白〉の中で僕は、遙か向こうで誰かが手を差し伸べているのに気がついた。
恐る恐る近づいて、〈女神のようなその差し出した手〉を掴もうと、僕はそっと右手を伸ばす。
もう少しで届きそうなところで、その〈女神のようなその差し出した手〉は遠ざかる。
放っておけなくて、僕は追いかけた。ただひたすら走り続けた。
顔も見えないはずなのに、どこか懐かしく、僕に安らぎを与えてくれる。
顔も見えないはずなのに、その笑顔は、とても美しく感じる。
……でもその後ろ姿は、どこか哀しそうに見えた。
放っておけなくて、僕は追いかけた。ただひたすら走り続けた。
もうすぐ。
もう、すぐそこなのに。届きそうで届かない姿を追い続けた。
もうすぐ。
もう、すぐそこなのに……。
目覚まし時計の凄まじい音で飛び起きた僕は、多少の違和感を覚えながらも、身支度を整える。
今日はいよいよ『エピローグデート』の日だ。
お読み下さりありがとうございました。
次話「『エピローグデート』(2)」もよろしくお願いします!