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『今までも、これからも。』  作者: 藤乃 澄乃
第9章 『エピローグデート』
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『エピローグデート』(1)

 彼女から届いた結婚式の招待状に、欠席と返事を出すと、少しして彼女から電話があった。

 少し躊躇ためらいながらも電話スマホを耳にあてる。


 僕の心を締めつける嬉しい声音。

 わざと明るく話す、切なくも美しいその声。


 僕も努めて明るく振る舞い、以前話していた通り、約束をした。

 8月のはじめの水曜日に、彼女とけじめのデート。そう、『エピローグデート』に出かけるという。

 もうすぐ他のひとと結婚をして、もう手の届かないところに行ってしまう彼女と、お互いの心にけじめをつけるための最後のデート。


『エピローグデート』


 本当はそんな切ないデートなんてしたくない。


 だけど、だけど。


 それが彼女の希望なら、叶えたい。

 自分の気持ちを抑えてでも、彼女の事を優先させたい。


 だったら結婚式に出席すればよかったのか? 友人として? まさか。

 そんな時だけ自分の気持ちを優先させるなんて、人間って勝手な生き物だな。

 いや、僕が勝手なだけなのか。



 たとえ切ないデートになろうとも、彼女ともう一度会えるなら。

 手の届かない人になってしまうまでに、もう一度会えるのなら。


 身勝手な……僕の気持ちなんて後回しで構わない。





* * *


 それから僕は、その『エピローグデート』を彼女の希望通りのデートにしようと、彼女が行きたいところへ行き、したいことを叶えようとプランを練った。


 彼女の希望は……。


『ちょっと遠出がしたい。水族館に行って、おいしい食事をして、あと夕陽と夜景が見たい!』


 ということだ。


「僕はドライブがてら全部行こう」と答えたが、水族館に食事に夕陽に夜景……って、随分と欲張りな要望だ。

 いくらドライブがてらとはいえ、あまり離れた場所を行ったり来たりして時間を費やしたくはない。


 彼女の望みを叶えたい。それら全てを1日で回れるプランを思いついた。

 後はどのコースで回るかだ。電車では時間がかかりすぎるので、車で出かけることにした。



 楽しみなようでもあり、まだその日が訪れてほしくないようでもあり。

 複雑な心境のまま、ついに前日になった。


 いつものように仕事で疲れた身体をベッドに放り込み、両手を頭の後で組み、真白ましろい天井を見つめる。


 いよいよ明日か。

 もう、後戻りはできないな。


 明日に備えてもう眠ろうと、そっと目をつぶった。





「……」 


「…………」


 誰かが僕の名前を呼んでいる気がする。


『……誰?』


 僕はそっと目を開ける。



『此処は……何処だ?』


――全てが真っ白な世界――


 前後・左右・上下全てが眩しいほどに純白で、足元には自分の影さえも無い。

 白以外何も無い空虚の中で、僕は1人たたずんでいる。


『夢なのか?』



 そう思いながら辺りを見渡してみる。

 すると、ただとてつもなく広い〈白〉の中で僕は、遙か向こうで誰かが手を差し伸べているのに気がついた。


 恐る恐る近づいて、〈女神のようなその差し出した手〉を掴もうと、僕はそっと右手を伸ばす。


 もう少しで届きそうなところで、その〈女神のようなその差し出した手〉は遠ざかる。


 放っておけなくて、僕は追いかけた。ただひたすら走り続けた。


 顔も見えないはずなのに、どこか懐かしく、僕に安らぎを与えてくれる。

 顔も見えないはずなのに、その笑顔は、とても美しく感じる。


 ……でもその後ろ姿は、どこか哀しそうに見えた。


 放っておけなくて、僕は追いかけた。ただひたすら走り続けた。


 もうすぐ。

 もう、すぐそこなのに。届きそうで届かない姿を追い続けた。



 もうすぐ。

 もう、すぐそこなのに……。





 目覚まし時計の凄まじい音で飛び起きた僕は、多少の違和感を覚えながらも、身支度を整える。


 今日はいよいよ『エピローグデート』の日だ。



お読み下さりありがとうございました。


次話「『エピローグデート』(2)」もよろしくお願いします!

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