優柔不断(6)
もう叶わぬことと知りながらも、彼女の返答にかすかな期待を抱いてしまう諦めの悪い自分がいる。
たとえ友達としてでも、また彼女と会いたいだなんて。
「そうね。……じゃあ、結婚式までに、1回だけデートしよっか」
え、デート……。今更そんなことしてどうなる?
「え、でも、婚約者に悪いよ」
余計に辛くなるだけじゃないか。
友達として会うのと、デートっていうんじゃ、たとえ同じことをするにしても気持ちの上で違うんだよ。
もう、楽しい時間を過ごしても先のない関係。
そんな苦しいデートってあるのか?
「ううん、あなたとのことは話してあるの。好きな人がいて、その人と別れることになったけど、心の整理がついていないし、その人を忘れるためにお見合いしたってことも」
今頃になってそんなこと言うなんて。
僕の気持ちが揺さぶられる。
抑えていた感情が一気に吹きだした。
「本当に? 僕に愛想を尽かしたから、お見合いしたのかと……。じゃあ。じゃあ、今からもう一度やり直すっていうのは?」
僕の気持ちが、ずっと心の奥に終っていた僕の気持ちが、ついに口をついてでてしまう。
「そうしたい気持ちもあるけど、ここまで話が進んでしまうと……」
やっぱり。
困った顔つきで微苦笑を浮かべる彼女を見て、それ以上言えなかった。
「ごめん、困らせるつもりはなかったんだ。今の話は忘れて」
もっと自分勝手に振る舞えたなら、もう一押しすることもできるのだろうか。
もっと早くに自分の気持ちを正直に話せていたなら、間に合っていたのだろうか。
「結婚式までは悩んでいたとしても、式を境に自分のことだけを見てほしい。だから、それまでにちゃんと心に『けじめ』をつけるように、って言われてるの」
『けじめ』、か。
父親にも言われた言葉だ。
「そうか、いいよ。明日に向かって一歩を踏み出すための、『けじめ』のデート……か。物語の終わりの、『エピローグデート』……だね」
けじめ。
今の僕には一番似つかわしくない言葉だ。
優柔不断。
この言葉が一番似合っている。
ヤツとのこともハッキリさせないままに、彼女とのことも踏ん切りがつかないなんて。
僕ってこんなにダメな男だったんだろうか。
自分でも情けない。
「そうだね。『エピローグデート』だね」
『エピローグデート』だなんて洒落た名前を口走ってみたけれども、哀しいデートに違いない。
「解った。いつでもいいから、キミのタイミングで行こう」
本当にいいのか?
「うん、電話するね」
* * *
その夜は、なかなか寝つけなかった。彼女があんな風に言うなんて。
僕のことを忘れるためにお見合いしただなんて。
今頃になって、どうしてそんなこと言うんだ?
僕はどうすれば……。忘れようと、折角忘れようとしていたのに。
もっと早くに、もっと早くに!
せめて彼女がお見合いをする前に解っていれば。
いや、それは単なる逃げ口上だ。
解っていればなんとかなったなんて。
自分はどうだ?
なんとかしようと努力をしたか?
相手の気持ちを慮って……て。
彼女の気持ちを優先して……って。
それで彼女を忘れるために仕事に没頭?
なんだそれ。
それで今になって、彼女の気持ちが解ったからって、またやり直したいだなんて。
もっと早くに、だなんて。
なんだそれ。
そんな虫のいい話。
単なる自分ご都合主義じゃないか。
全てはハッキリしない優柔不断な自分が招いたこと。
ああ、今更取り戻せない時間だけが、過ぎてゆく。
お読み下さりありがとうございます。
次話「優柔不断(7)」もよろしくお願いします!