優柔不断(5)
コースも終わり、最後のコーヒーを飲んでいるときのこと。
急に真面目な顔つきでもう一度キチンと椅子に座り直し、彼女が言葉を発した。
「私……今月、7月末で会社辞めることになったの」
「え」
予想外のことに言葉がつまる。
「8月の最後の日曜日に、結婚式を挙げることが決まって」
彼女の放った言葉に頭の中が真っ白になる。
結婚式。
ああ、そうなんだ。
いよいよその時がきたんだ。
彼女の言いたかったことは、このことだったんだな。
内心穏やかではない状態だが、僕はまた平静を装う。
「そうなんだ、よかったね。じゃ、これから忙しくなるね」
当たり障りのない返答しかできるはずもなく。
婚約したと聞いた時から、いずれは来るだろう結婚の日。解っていたこととはいえ、だんだんと現実味を帯びてきて、ちょっと複雑な心境だ。
「その日は何の日か解る?」
8月の最後の日曜日。
なんの日って。
「キミの結婚式の日でしょ?」
もう手の届かない人になってしまう彼女は、友達よりも距離が遠く感じられ。
「そうだけど……やっぱ覚えてないよね」
少し寂しそうな表情の彼女が、何を言いたいのか解らなかった。
「なにを?」
苦笑いの口もとで、それでも精一杯の笑顔を作ろうとしているのが窺える。
そんな彼女は僕の問いかけには答えずに。
「それで、当日は出席してもらえる?」
そう尋ねてきた。
「考えておくよ」
彼女の幸せを見届けたい気持ちもあるが、平気な顔で出席出来るほど大人じゃない。……かといって、即答で断る勇気もない。
こういうのを優柔不断というんだな。
「じゃあ、招待状送るね」
少しだけ先延ばしにした返事。
答えはもう決まっているのに。
「ああ、返信するよ」
「ありがとう」
彼女のとびきりの笑顔が、僕の大好きな笑顔が、僕の心を揺さぶる。
もう他の男に向けられるであろうその笑顔が、僕の装っていた「平静」という名の鎧を脱がせる。
本当は抱きしめて、「結婚なんかやめろ!」と言いたい。
だけど、そんなこと言えるはずもなく。
精一杯の言葉を漏らす。最後の悪あがき。
「……キミが結婚したら、もうこうやって2人で会うこともできなくなるね」
解りきったことだが、最後にどうしても言ってみたくなった。
また会おうと返してくれることなどないはずなのに。
たとえ友達としてでも、また彼女と会いたいだなんて。
もう叶わぬことと知りながらも、彼女の返答にかすかな期待を抱いてしまう諦めの悪い自分がいる。
決してもう叶わぬことなのに。
お読み下さりありがとうございました。
次話「優柔不断(6)」もよろしくお願いします!




