それから(5)
「みーっけ」
不意に腕を組まれ、我に返った。
親友の家で久しぶりに彼女と再会して、また友達として仲良くしていこうと話し合った矢先、彼女がお見合いをしたと告げられた。
ひどく動揺した僕は、親友宅をあとにして、ただひたすら歩き続けた。
どこをどう歩いたか覚えていないほどに。
気がつけば駅前広場まで来ていた。
「な、なんだ、なんだ?」
とっさに腕を振り払うと、
「ケチ~」
ヤツだ。
「お前、どうしてこんなところに?」
よりによってこんなタイミングで、一番会いたくないヤツに偶然出会うなんて。
僕もついてないな。
「お友達のお家がこの近くだからその帰り。ねえねえ、せっかくだからお茶しようよ~」
「何でお前と?」
今は誰とも話したくない。
自分の気持ちを落ち着かせたい。
「こんなところで偶然逢えるなんて、なんか運命を感じない?」
なに言ってんだコイツ。
「は? んなもん感じない。感じたくもない」
今はそっとしておいてほしい。
「またまた~。照れなくてもいいんだよ。うふっ」
「もう、僕に構うなよ」
「いいからいいから、はいこっちー」
いつもだったら断固断るんだが、今日の僕は冷静さを失っている。
彼女に引っ張られるまま、近くのカフェでお茶してるなんて。
はぁー、何やってんだかな。
でも、お茶ぐらいなら、ま、いっか。ヤツも楽しそうに喋ってるし、気を使わなくてすむし。
「ふっ」
「何? 何がおかしいのぉ?」
「いや、よく回る口だなぁと思って」
「だって、嬉しいんだもん、はじめてお茶できて」
「そうか」
これぐらいのことで、こんなにはしゃいじゃって、ちょっと可愛いとこあるな。
……そんな風に思うなんて、やっぱり今日の僕は、冷静さを失っている。
「さ、もうそろそろ帰ろうか」
「うん」
カフェを後にして駅まで向かう途中、ヤツはちょっともじもじしながら言いにくそうに話しかけてくる。
「……ねえねえ。明日、母の日のプレゼントを買いに行くの。一緒に行ってくれない?」
「え、そんなの女友達と行けばいいじゃないか」
「もう、鈍感ねぇ。遠回しにデートに誘ってるんじゃないの!」
「え?」
コイツにも、遠回しの意味が解るんだ。
「だからぁ、母の日のプレゼントっていうのは口実でぇ。デートに誘ってるの! ……やっぱりダメかなぁ?」
照れくさそうに上目づかいで覗き込んでくる。
こんなにしおらしいところもあるなんて、意外だ。
今日の僕は冷静さを失っている。
今までコイツに抱いていたイメージとは違う一面を見て、つい気を許して言ってしまった。
「……いいよ」
「本当?」
驚いたような表情で聞き返してくる。
「ああ。デートっていうんじゃなくて、一緒に出かけるだけなら」
「本当に?」
まだ信じられない様子で聞き返してくる。
「うん」
「ホントのホントの本当に?」
ぱあっと明るくなった表情で聞き返してくる。
「本当だよ。でも、くれぐれも言っておくからな、デートじゃないゾ」
ここは念を押しておかないと、勘違いされると困るからな。
「うん、それでもいい。……うっ」
「な、何泣いてんだよ、こんな街中で。僕が泣かせてるみたいじゃないか」
もう、勘弁してくれよ。
誰かに見られたらどうすんだよ。
「だって嬉しいんだもん。ヒック……1年以上ずっと、ずーっと大好きだったんだから」
そうなんだ。
片想いの相手と過ごせると思うだけで泣いちゃうなんて。
口ではあんな言い方してたけど、コイツもやっぱ女子なんだな。
そんな風に思えてくるなんて、やっぱり今日の僕は冷静さを失っているのかな。
「はいはい。もう泣くな」
「うえーん」
「それ以上泣くと、もう明日行かないぞ」
「うっ」
僕に言われて必死で泣き止もうとしているところが、ちょっとかわ……やっぱり今日の僕は、どうかしている。
「じゃあな」
「また明日ねー、バイバーイ」
ふうとため息をついて、嬉しそうに帰って行くヤツを見送る。
次の日、無邪気にはしゃいでいるヤツと1日過ごしていると、だんだんとヤツが僕たちにしたことに対する腹立たしい気持ちが……薄らいでいくのが自分でも解った。
もうなんのわだかまりもないと言えば嘘になるが、ヤツに対して以前とは違う感情が芽生えていくのが……。
それから次第に、ヤツと2人で過ごす時間が増えていった。
あくまでも、友人として。
そう、友人として。
お読み下さりありがとうございました。
彼女のお見合いの話を聞いて動揺する「オレ」。
そんな時に、いつも毛嫌いしていた「ヤツ」と。
今後どうなっていくのでしょうか?
乞うご期待!
次話「優柔不断(1)」もよろしくお願いします!