それから(1)
少し季節が進みました。
季節は変わり、桜の花が新入社員を迎えている。僕たちの部署にも、4月中旬には去年の僕たちと同じように、何人か仮配属されてくる。僕ももう先輩だ、しっかりしなくては。
ヤツとは、いくら別々の部署になったとはいえ、会社に行くと、イヤでも顔を合わせる。
悪気があったのか無かったのか、病院であんなことを言っておきながら、あれからも何事も無かったかのように、ケロッとして平気で僕にベタベタしてくる。
そんなヤツの態度にあきれながらも、『完全無視』なんてこと僕にはできるはずもなく。
今日だって……。
「彼女と別れたんでしょ。じゃ、今フリーよねぇ。私、アタックしちゃおかなー」
と腕を組んでくる。
「誰のせいだと思ってるんだ」
「誰のせい?」
そう言いながら上目づかいで身体を密着させてくる。
「おい、やめろよ。ここは会社だぞ、何考えてるんだ」
「じゃあ、会社じゃなかったらいいの?」
いや、そういう問題じゃなくて。
どうもコイツには、遠回しの断りが全く通用しないようだ。
「おい、いいか、ハッキリ言っておく。僕はお前と付き合う気は全くない。いい加減、ベタベタしてくるのはやめてくれ。後輩もできた訳だし、変に誤解されるようなことはしないでほしい」
「誤解じゃなければいいんでしょ? この際、付き合っちゃいましょう!」
やめてくれ。そんなに満面の笑みで言われても。
「はあ~? この際ってどの際だよ。ああ言えばこう言うヤツだなぁ」
呆れてものも言えないとはこういうことか。
「エヘッ」
悪びれもせず、ペロッと舌を出し肩をすくめるヤツ。
「そんな可愛い言い方してもダメー。付き合うことは、絶対にない」
「ケチ~」
初めは嫌だったこんなやりとりも、1年も続けば不思議と慣れてくる。それどころか、最近ではこの会話を楽しんでいる時さえある。
ヤツのせいで彼女と『さよなら』することになった訳で、ヤツにはすごく腹が立っている。その反面、あんなことを言ってしまうくらい、人を傷つけることを言ってしまうくらい、僕のことを好きでいてくれるのかと思うと、それに応えられなくてちょっと申し訳ないという、前にはなかった気持ちも湧いてくる。
まさかヤツと付き合ったりすることはないだろうけど、少なくとも今では嫌なヤツではなくなってきている。
人の気持ちって、変わっていくもんなんだな。この先、僕はどうなっていくんだろう。
彼女との記憶は、今も戻る気配もない。
本当に想い出せるのか?
それともこのまま忘れていってしまうのだろうか。
なにも想い出せないままに。
今更記憶が戻っても、もう為す術もない。
……もう彼女は、僕の傍にはいないのだから。
お読み下さりありがとうございました。
次話「それから(2)」もよろしくお願いします!