ちょっとした騒動(3)
なんでも、ゴルフ場に着いた途端に雪が降り出したとか。しばらく様子をみていたが止むどころか、ますます大降りになってきたので、今日のゴルフコンペは中止になったということだ。
「それならそうと電話してくれれば」
と、母の気持ちも解らないでもないが。
「いちいち電話することでもない」
父は母の言いぐさに少し気分を害したようだ。
今はそんなこと言わなくても、と内心ハラハラしている僕をよそに、また母は言う。
「お昼ご飯は食べてきたの? もう、なにも残ってないわよ」
「途中で食べてきたけど。帰って来た途端にそんな言い方はないだろう?」
まあまあ、とふたりの間に割って入って納めたけれど。
父が異変に気づくのは時間の問題だ。
気を取り直した父が、ふと食卓テーブルに座るひとりに気づく。
そう、借りてきた猫のように『ちょん』とかしこまって座っているその姿。
「お客さんがみえていたとは。いや、お恥ずかしいところを」
まあ、それが普通の大人の言葉だろう。
しばしの沈黙の後、意を決した様子でその『ボーイ』は、なにを思ったのかおもむろに立ち上がり、つかつかと父の前までやって来た。
その上、まだ紹介もされぬうちに、ペラペラと自己紹介とともに妹との関係を話し出したではないか。
初めは穏やかだった父の顔がみるみる変化していく。
だから言わんこっちゃない。
礼儀正しいところと、妹のことを大切に想っていることを見せたかったのだろうが。
……かえって裏目にでた。
「礼儀正しいとでもいうのか? 私の留守中を狙って」
「いえっ、決してそんなつもりでは」
可哀相に『ボーイ』はすっかり恐縮してしまっている。
「現に今日の日を狙って来ているじゃないか」
「たまたまよ、お父さん」
「お前は黙ってろ」
「だって」
さっきまであんなに楽しそうにしていた妹も、うっすらと涙目になってきた。
「私はこちらのお客様と話をしているんだ」
人間、自分はよかれと思ってしたことでも、実際相手のいることならばよく考えてから行動に移さないと。
案の定、父親の逆鱗に触れた。
父にとっては可愛い可愛いひとり娘。
大事に大事に育てた我が娘。
いくら好青年であったとしても、気に入る訳がない。
その人物がどうとかいう問題じゃないんだ。
たとえどんなに好青年であろうとも、妹の彼氏というだけで気に入らないのだから。
すんなりと話しを聞き入れるはずもない。
まあ、気持ちは解るけど。
なんとか自分を正当化しようと父は頑張る。
わざわざ自分のいない時間帯を狙ってくるところが、そもそも気に入らない。
と、そこは譲れないポイントのようだ。
紹介もされていないのに、自分からベラベラと。
調子のいいヤツだ。
とかなんとか。
天候の雷と父親の雷どちらが怖いのか。なかなかいい勝負だ。
すったもんだを繰り返し、いよいよ僕の出番かな。
僕は大人しく行方を見守っていたが、放っておけなくて、妹に彼を父に紹介するように促した。
父は物事を順序立てて話せば、決してもの分かりが悪い方じゃない、というのを解っているから。
妹が彼を紹介して、父は気持ちよく交際を許しましたとさ。
めでたしめでたし。
とはいかなくて。
さっきよりは幾分落ち着いた様子の父ではあったが、あれだけ大反対したのだ。引っ込みもつかないし、そんなにあっさりと意見を変えるはずがない。
ふたりのやり取りに今にも泣きだしそうな妹の顔を見ていると……。
哀しき兄の性かな。
また勢いに任せて言ってしまう。
本当は言いたくなかったひと言。
「許してあげれば?」
いつかのアイドルのコンサートに行きたいと言っていた時と同じだ。
可愛い妹をかばいたくなる。
それから、今日僕が彼と接してみて感じた『良いところ』を、一生懸命父に伝えた。
そう、一生懸命に。
なんなら少し話を盛ってみたりして。
父は最後には根負けしてしぶしぶ許したが、付き合うってだけでこれだと、何年先か解らない近い将来、『結婚したい』なんて相手を連れてきたときにはどうなるのだろう。
父親が娘に持つ感情というのは、また特別なものなのかなと思う。
お読み下さりありがとうございました。
次話「それから(1)」もよろしくお願いします!