言えなかった言葉(1)
今日は退院の日。
あんなことがあって、僕は親友たちに送られてそのまま家に帰った。もちろん、パーティーどころではない。みんな楽しみにしていたのに申し訳ない。
帰り道、何事もなかったかのように普通に接してくれる親友たち。
前にもこんなことがあったような気がする。
もやがかかって想い出せないが、こんな風に辛い気持ちで帰ったことがあるような。
その時も親友と彼女ちゃんの優しさに触れていたような、そんな気がする。
早い帰宅に家族は驚いていたが、僕のただならぬ様子に体の調子を聞いて、それ以外は何も聞かずそっとしておいてくれた。
母は親友たちに上がってお茶でも飲んでゆっくりしていくように勧めたが、親友たちは帰ると言う。
玄関先で「ありがとう」と声をかけ、彼らを見送った。
僕はそのまま2階への階段を上る。
3週間ぶりに入る自室。
久し振りの部屋はどこか違って見える。
ふうとひと息つきながら、見渡してみた。
壁のフックには、クリーニングから戻ってきたときのビニールが付けられたままの、あの日着ていたコートが掛けてある。そう、クリスマス・イヴ。僕が彼女の記憶をなくしてしまうきっかけになった事故に遭った日。
テーブルの上には、指輪が入っているだろう四角いビロード地のケース。
そして修理に出していたスマホが置かれている。
荷物を床に置き、窓際のベッドにもたれかかって、床に腰を下ろした。
特別なにをするでもなく、けれどただじっと座っているだけでも落ち着かない。
僕はそのときふと目に入ったスマホを手にとって、その中の記録を指で繰っていった。
電話帳、スケジュール表、メール……その全てに彼女との、僕の知らない記憶が刻まれている。
記憶がない僕には、彼女のいない今、それらはただの記録になってしまった。
その中から僕はクリスマス・イヴの未読メールを開けてみた。
――寝坊したの? 急がなくていいよ
――いつも先に待ってるあなたがいないので、ちょっとヘンな感じ
――どうしたの? 何かあった? 待ってるよ
――ずっと待っています。連絡下さい
――電話もつながらないので、心配しています
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:
:
――今日はもう帰ります。また連絡します
いつの間にか、心臓が急ぎ足で脈を打っている。
ああ、心配かけたんだなぁ、ごめん。
これだけの事実を見つめながらも、なにも想い出せない自分が腹立たしい。
彼女の苦しみを、あの日以来彼女が抱えてきた哀しみを想うと、胸が張り裂けそうだ。
僕は、スマホの記録から彼女を呼び出し、電話をかけることにした。
なかなかダークな展開が続いておりますが……。
お読み下さりありがとうございました。
次話「言えなかった言葉(2)」もよろしくお願いします!