退院の日(6)
こんな日がくるなんて……。
僕は去りゆく彼女の後ろ姿を、茫然と見送るほかなかった。
さっきの出来事を思い出してみる。なにがどこでどうなったのか。
あんなにも彼女を傷つけたまま帰してしまうなんて。
どうして守ることができなかったのだろう。
彼女のことを。僕たちの未来を。僕の言いたかった言葉を。もう言えない言葉を。
どうして守ることができなかったのだろう。
彼女のこころを。
気づかぬうちに、僕は泣いていた。人目も気にせずに、ただただ泣いている。
いつからか側に立っていた親友に、言わずにはいられなかった。
「彼女に……今の僕が彼女に恋をしたんだ」
「知ってたよ」
そう言って、僕の肩にポンと手を置いた親友。
やっぱり全てお見通しだったのか。
それでも今までそのことに触れずにいてくれた、親友の優しさを思い知る。
自分の想いが相手に届かないのは、こんなにも切ないんだ。今更ながらも、そう思わずにはいられない。彼女はそれをずっと笑顔の下に隠して、気丈に振る舞っていたんだ。
そう思うととても切なくやるせない。
時折見せた、寂しそうな目と溜め息が、彼女の精一杯の息抜きだったんだろう。
〈女神のような白い手〉を、掴み損なったような気持ちになった。
女神のような白い手……。
「ううっ、頭が……」
頭が割れるように痛くなり、両手で抱え込んだ。
「おい、大丈夫か? 少し休め」
そう言われ親友に支えられてベッドに腰かけ、少し休むことにした。
「わあ、大丈夫?」
脳天気なヤツが聞いてくる。
「まったく、誰のせいでこうなったと思ってるのよ」
彼女ちゃんがあきれ果てたように呟いた。
「本当のこと言っただけだもん。私悪くないも~ん」
悪びれずにそう言ってのけるヤツ。
どういうつもりなのか、本意が知りたくもあるが。
「お前、これで満足か?」
親友は振り返りヤツに問う。
「え~、なにがぁ?」
「人を傷つけて、楽しかったか?」
「だって本当のことじゃん」
そう言って口を尖らせているヤツにとうとう親友が声を荒らげた。
「もう帰れ!」
そう言われて、ヤツは渋々帰って行く。
やっと帰ってくれた。
なんとも言えない脱力感を覚える。
そこへ看護師さんが、もう退院の時間だと知らせに来てくれた。
後味の悪い最後になったが、入院生活もこれで終わりかと思うと、少し寂しい気もする。
もう少し入院していたら、もう少しだけでも彼女と過ごせたのかな、なんて思ってみたり。
どうしようもないことをあれこれ考えてみたり。
その後僕は親友たちに送られて、そのまま家に帰った。
お読み下さりありがとうございました。
次話「言えなかった言葉(1)」もよろしくお願いします!