退院の日(4)
気を取り直して病室のドアを開ける。
親友と彼女ちゃんがヤツと言い争っているその光景に、一瞬自分の目を疑った。
彼女は横でオロオロしている。
状況が掴めないオレはなだめるように言った。
「なに大きな声を出してるんだ。外まで聞こえてるよ。ここは病院なんだから」
どういういきさつでこうなったのか、話を聞いてみることにした。
そのうちに熱も冷めて冷静になってくれるかとも思ったが、そんなに甘いものじゃなかった。
話がヤツのことになると、また彼女ちゃんがヒートアップする。
それを聞いていたヤツは一気にまくしたてた。
「フン、バカにバカって言って何が悪いのよ! 大体、未練がましいのよ。他の入院患者さんから聞いたわよ。彼、あなたのこと覚えてないんですってねぇ。自分のこと覚えてもいない相手のところに、厚かましく毎日毎日押しかけて、しおらしいふりしちゃって、彼に取り入っちゃって、見え見えなのよ」
「えっ、何言ってんだ! 彼女はそんな人じゃないよ。彼女のことを何もしらないくせに、勝手なこというなよ」
今度は僕の方がカッとなった。
「大体の想像はつくわよ。それに今のあなただって彼女のことは知らないんじゃないの?」
痛いところをつかれて一瞬言葉に詰まった。
が、それとこれとは別の話だ。
「相手の気持ちも考えず、憶測で喋るのはやめろ。それにお前、今日は来るなって言っただろ。迷惑なんだ、もう帰れ!」
腹が立って、ついつい声を荒らげてしまう。
「えー。来るなって言うのは、私に気を使ってるのかと思って。その女こそ遠慮もせずにのこのこやって来て、ホントや~ね~」
「彼女はコイツの恋人なんだから、来て当り前だろうが! 厚かましいのはどっちだよ」
「でも、肝心の彼が覚えてないんじゃあね~」
「コイツ、言わせておけば!」
今にも殴りかかりそうな親友の前に立ち、ヤツの前に一歩踏み出し言葉を発しようとした時だった。
「もういいよ、ケンカしないで。ここは病院なんだから、大きな声出したら他の人に迷惑だから」
彼女の声が僕の動きを制止する。
「お前、こんなヤツに言わせておいていいのか?」
親友は気が収まらない様子で彼女に聞く。
「私は……私のことで、誰にも言い争ってほしくないだけ」
彼女の優しさが言葉から溢れている。
なのにヤツはまた余計なことを口走った。
「またいい子ちゃんぶって、ちゃんちゃらおかしいのよ。恋人恋人って偉そうに言うけど、本当にそうなの? 彼の気持ちも確かめないで、一方的に言ってるだけなんじゃないの? 彼の記憶が戻らない以上、確かめようがないじゃない。みんなで結託して彼を騙してるだけかも……」
パチン!
ヤツの言葉を遮るように、あの彼女ちゃんが平手打ちをした。
「きゃあ、痛ーい、何すんのよ!」
「口で言っても解んない人には、こうするのよ!」
「フン、恋人だって言っても、彼の記憶が無いんだったら、元々、付き合ってないのと同じじゃない」
「コイツ! 言わせておけば!」
親友が一歩前に出て、威嚇する。
「もうやめて! この人の言う通りよ。私1人が恋人だって言ってても、彼には何の記憶も無いんだから、私の独りよがりなんだわ」
彼女にこんな言葉を言わせてしまうなんて。
「そんなことないよ。僕はキミが毎日来てくれて、嬉しかったよ」
「そうだよ、この女が何て言おうと、お前らはずっと一緒に過ごしてきた。傍で見てきた俺たちが証人だ」
「ありがとう。でももういいの。今日はもう帰るね。私は大丈夫だから。
それと……退院おめでとう」
切なさを滲ませながらも、精一杯の笑顔を作る彼女。
「お前は何も悪くねぇんだから、帰る必要はないぜ」
親友の言葉に続いて僕も言葉をかける。
「そうだよ。一緒に帰……あ、ちょっと待って!」
だめだよ、行かないで。
お読み下さりありがとうございました。
次話「退院の日(5)」もよろしくお願いします!