退院の日(3)
明日はいよいよ退院の日だ。
こんな何もない病室でも、3週間も入院していれば多少の愛着は湧く。
たかが3週間。されど3週間。
その間にはクリスマスに正月と、年中行事の中でも大きなイベントがあった。
それぞれに僕にはいい想い出となっている。
それに毎日顔を見せてくれる彼女との、想い出のいっぱい詰まったこの部屋を離れることに、名残惜しささえ感じる。
そんなことを考えながら部屋を見渡してみた。
彼女との想い出はこの病院の中、この無機質な白に囲まれた部屋の中だけだ。以前のことは覚えていない。
それでも彼女と過ごしたここでの日々は、僕には輝いている。
彼女はいつも冷静で、しっかり者だ。そのくせ少々ドジなところもあり、何故か放っておけない。 そのギャップが何とも可愛い。
そして何より、あの澄んだ瞳の、くったくのない笑顔で見つめられると……。
よく笑い、ころころ変わる表情。思いやりに溢れる優しいこころ。
僕は彼女に恋をしている。
彼女との記憶がない僕だけれど、日ごとに彼女への想いは募るばかりだ。
でも、まだ何も想い出せていない以上、とてもじゃないけど彼女には気持ちを打ち明けられるはずもない。
ちゃんと想い出したら、彼女とのことを全て想い出したなら。
その時は、僕の気持ちを伝えよう。
もう彼女が窓辺で夕陽を眺め、小さな溜め息を漏らすことのないように。
寂しそうな瞳から、ほおを伝う一条の光が夕陽に照らされることがないように。
これからは、僕が彼女を支えていきたい。
* * *
退院当日、身支度を整えて主治医や看護師、その他入院中に世話になった人達に挨拶をして回る。みんな本当によくしてくれて、感謝の気持ちでいっぱいだ。
最後に会計を済ませて病室の前まで戻る。
退院まであと1時間。
まだ誰も来ていないと思っていた部屋の中から、話し声が聞こえる。
『みんな、もう来てくれたんだ』と、嬉しい気持ちでドアに手をかけようとした時、中から聞こえた親友の声に僕の動きは止まった。
「何言ってんだ、オイ!」
え?
こんな病室で声を荒らげてどうしたというのだろう。
「だからー、バカみたいって言ってんのぉ」
え、ヤツか? やっぱり来たんだ。
「誰がバカなのよ! バカなのはアンタの方でしょ!」
彼女ちゃんのあんなに怒った声は、聞いたことがない。
一体何があったというんだ?
不安な気持ちが過る中、僕は病室のドアを開けた。
お読み下さりありがとうございました。
次話「退院の日(4)」もよろしくお願いします。