退院の日(1)
クリスマスも過ぎ、今年も残すところあとわずか。
世間では年末はいろいろと忙しいだろうし、街やデパートなんかも正月に備えた買い物客で賑わっていることだろう。が、病院の中はまるでいつもと変わらず、淡々とした毎日が過ぎてゆく。
眩しいほどに白で覆われた空間。必要なもの以外は何も置いていない味気ない部屋。
そんな中で過ごす空虚な時間。
それでも毎日少しずつの変化はあって、それほど退屈せずにはすんでいるのだけど。
朝6時に起床、検温、脈拍を測りに看護師さんがやってくる。
「おはようございます」
今日初めて発する言葉。
その後少し体調についてなどの会話をし、部屋を出て行く後ろ姿を見送る。
歯磨き、洗顔をしてまたベッドに戻る。またしばらく無言の時間を過ごす。
そして朝食。それから読書をしたりなんかして午前中の時間をつぶす。
やっと昼食の時間になり、食後はまた退屈な時間を過ごすのだが。
面会時間は14時からなので、少し経つと誰かが部屋のドアをノックする。
真白い無機質な空間が、ぱあっと明るくなる瞬間だ。
入院中は、代わる代わる色んな人が、見舞いに訪れてくれた。
父、母、妹、親友、彼女ちゃん、仲の良い同期、いつも人騒がせなヤツ。
それともう1人。
そう、もう1人。
とっても可愛いもう1人。
僕は彼女に恋をした。彼女との想い出は、この病院の中。昔のことは覚えていない。
以前の彼女のことを、今の僕は知らない。
以前は恋人同士だったって言うけれど、彼女との想い出は、この病院の中以外、何も無い。
だけど、今の僕が彼女に恋をした。
彼女と過ごす日々は僕にかけがえのない喜びを与えてくれる。
病院という、外界とは隔絶された空間にも、優しさと温かさを運んできてくれる彼女。
そんな彼女に、今の僕が恋をした。
退院したらいろんな所に出かけて、彼女との新たな想い出を作っていきたい。
そしていつか今の僕の、彼女に対する想いを告白しよう。
ただ彼女が側にいてくれるだけで、それだけで僕は他に望むものは何も無い。
誰かをこんなに愛おしく思えたことが、今までにもあったのだろうか。
記憶が戻ろうが、戻るまいが、そんなことは知ったこっちゃない。
風まかせ、全て風に委ねて。
だって言うじゃないか、『明日は明日の風が吹く』って。
なんとかなるさ。
成るように成るさ。
『大切なのは、これからなんだ』
って、僕の独りよがり……かな。
お読み下さりありがとうございました。
今話より、第5章に入りました。
次話「退院の日(2)」もよろしくお願いします!