一目惚れ(3)
入院するのは初めてで、有り余る時間をどう過ごせばいいのだろうと懸念していたが、そんな不安はすぐに吹き飛んだ。
会社が冬休みということもあり、彼女は健気にも毎日通ってきてくれて、僕の無くした記憶を一生懸命取り戻そうとしてくれている。
そんな彼女を見ていて、そんな彼女と過ごしていて、なにげなく過ごす時間が、いつの間にかかけがえのない時間になっていった。
そう、僕は彼女に恋をした。
でも、今の僕にとっては、まだ付き合いが浅いわけで。
とてもじゃないけど、彼女には気持ちを打ち明けられるはずもない。
だからちゃんと想い出すまで、この気持ちは胸に秘めていよう。
そしてちゃんと想い出したら、彼女とのことを全て想い出したなら、
その時は、僕の気持ちを伝えよう。
でもたまに夕方、僕がベッドで目を覚ますと、彼女は病室の窓から夕陽を眺め、小さな溜め息を漏らしている。
その瞳はとても寂しそうで、ほおを伝う一条の光が夕陽に照らされて。
いつもは明るく振る舞っている彼女だけど、僕の前では弱音や愚痴はいっさい口にはしないけれど、本当は辛いのだろうと察する。
彼女の胸の内を思うと、申し訳ない気持ちで一杯になって、どうしたらいいか解らなくなる。
そして今日も僕が目を覚ますと、彼女は南側の窓辺に立っている。
夕陽で朱く染まっている彼女の横顔は、どこか寂しげで。
できることなら背中からそっと抱きしめて、安心させてあげたい。
『全て想い出したよ』と、そう告げたい。
でも今の僕にはどうすることもできない。
この先どうしたらいいのかさえも解らない。
あれからも想い出そうとする度に、例の頭痛に襲われる。
その都度、彼女は心配そうに僕を見つめている。その瞳。
痛いのは頭だけじゃない。
同じくらいに……心が痛む。
僕は目を閉じた。――彼女のことを想い出したい。彼女の寂しそうな顔は見たくない。
でも、無理に想い出そうとすると、また彼女に心配をかけてしまう。
それに想い出せないことで、余計に彼女に苦しい想いをせてしまう。
彼女は僕の前では絶対に泣かない。いつも笑顔でいてくれる。
僕を不安にさせまいと、一生懸命に笑顔でいてくれる。
その笑顔が、哀しみとともに生み出される笑顔が……切ない。
ああ、彼女の本当の、心からの笑顔が見たい。
僕はどうすれば。
どうすればいいのだろう。
お読み下さり、ありがとうございます。
今話で第4章が終わり、次話から第5章が始まります。
このまま、すんなりいってほしいけど……。
どうなっちゃうのでしょうね。
なにはともあれ、今後とも、よろしくお願いします!
藤乃 澄乃