一目惚れ(2)
みんなのことは覚えてる。でもキミのことは、はじめましてとしか……。
みんなでクリスマスパーティーで盛り上がった病室。
楽しく会話をしていたけれど、とっても可愛いもう1人のことが気になって。
何気なく言った僕の言葉で、場の雰囲気が一変した。
そう、正しく凍りついたのだ。
「はぁー、マジか」
親友は両手で頭を抱え込んだ。
「ふぅー。じゃあ、俺が教えてやるよ。
彼女は、お前とはもう6年も付き合ってる恋人だ。高校2年の時、お前から告白して、それから大学生の時も、社会人になってからも、ずっと仲良くやってる。」
「え、僕の……恋人。本当に? もしそうだったら嬉しいけど、でも……」
でも、僕にはそんな記憶はない。
こんなに可愛い女性が僕の恋人だって?
なら忘れるはずなんてないじゃないか。
「昨日のクリスマス・イヴに、デートの約束をしてたことも? その待ち合わせ場所に向かう途中で、子供を助けようとして、事故に遭ったことも覚えてないの?」
「事故のことは覚えてる。何か大切なことのために出かける途中だったような気もするけど。でも、キミと2人でデートに? クリスマス・イヴ……ううっ」
想い出そうとすると、頭が割れるように痛くなり、その場にうずくまった。
頭の中にもやがかかったような感じで、すぐそこに何かがあるのに辿り着けない。
そんなもやもやとともに襲いかかる、とてつもない痛み。
「おい、大丈夫か?」
「私、先生を呼んでくる」
彼女ちゃんは、慌てて部屋を飛び出して行った。
* * *
主治医の話では、事故による偶発性のもので、記憶の一部が欠落しているとのこと。
おそらく一時的なものなので心配はないが、念のため、年明けに精密検査をするとのことだ。
退院が少し延びるらしい。
でも、おかしなこともあるもんだ。
ほかのことは覚えているというのに、彼女の記憶だけがないなんて。
もし本当に彼女が僕の恋人なら、絶対に忘れたくない記憶。
一番大切な想いのはずなのに、どうしてそれだけが……。
会社が冬休みということもあり、それから毎日、彼女は病院に足を運んできてくれた。
文句1つ言わず、ちょっとはにかみながらも、嬉しそうに2人の想い出の品や写真を見せてくれたり。
一生懸命、僕たちの『今まで』を話して聞かせてくれる。
そんな健気な彼女が、いつも明るく優しい彼女が、僕の中で次第に存在感を増していった。
毎日特別になにをするということはないけど、彼女とたわいない話しをしたり冗談を言って笑い合ったり。なにげなく過ごす時間は、いつの間にかかけがえのない時間になっていった。
そう、僕は彼女に恋をした。
お読み下さり、ありがとうございます。
次話「一目惚れ(3)」もよろしくお願いします!