気がつけば(3)
何か大事なことを、大切な何かを忘れている気がする。
病室の白い天井を見つめ、よくよく考えてみる。
なんだろう。それさえも解らないけど、とても大切な何か。
何も思い出せずに、今度は目を閉じてゆっくりと考えてみた。
約束……。
そうだ、約束があったんだ。大切な約束が!
とてもとても大切なことのために待ち合わせをしていたんだ。
――でも一体誰と?
「ううっ」
考えると、頭がすごく痛くなった。
僕は頭を抱え込むように両手で押さえる。
と、そこへ聞き覚えのある声色が飛び込んできた。
「わぁ、どうしたのぉ、大丈夫ぅ?」
ヤツだ。
不意な訪問に驚くも、それもいつものこと。
せっかくというか、なんというか、会社に行けないおかげで、しばらくヤツから解放されるはずだったのにな。
「ああ、大丈夫だ。見舞いに来てくれたの? すぐ退院するからよかったのに」
入院中くらいは平穏でありたかったのに、また平穏じゃすまなくなりそうな憂鬱がやって来た。
同期の女子だが、やたらと僕に絡んでくる。
もう、好き好き光線が強烈すぎて、少し……いや、大分引いてしまう。
嫌いじゃないけど、好きでもない。
どちらかといえば、苦手なタイプだ。
見た目はふんわりしていて、巻き髪もよく似合っている、俗に言う『男好きのする』タイプだ。
猫なで声で甘えてきたりして、その辺の男子ならイチコロだろう。
けど、犬派の僕はヤツのその態度が苦手だ。
「だってぇ、今日会社に行ったら、事故に遭ってお休みだっていうじゃない。心配で、ちょっと抜け出してきちゃったぁ。でも元気そうで安心した」
会社を抜け出してきたって、悪びれもせずぬけぬけと言うところも苦手だけど、折角来てくれたことだし、ここはひとつ素直に。
「それはどうもありがとう」
「今日は素直ね」
「折角見舞いに来てくれてるのに、そう邪険にできないしね」
「ふふふ、うれしい」
「会社抜け出して来たんだろ。早く帰らないと、また叱られるぞ」
「うん。元気な顔も見られたし、そろそろ帰るね。あ、これお見舞い。何がいいか解らなかったから、クッキーにしたの」
「ありがとう」
「じゃ、また来るねぇ。バイバーイ」
ヤツもなかなかカワイイとこあるじゃん。あんまりキツく当たると、可哀相かな。
入院と聞いて心細いせいもあってか、不覚にもそんな風に思ってしまう。
「あ、そうそう、」
帰りかけたヤツが、ドアのところから顔をのぞかせた。
「何だ、忘れ物か?」
「パジャマ姿もカッコイイ。大好きだよ!」
「うるさい、早く帰れ!」
前言撤回。
お読み下さりありがとうございました。
次話「一目惚れ(1)」もよろしくお願いします!